ジャムとバンド(1) 

ブルース&ビヨンドでのセッション。本日もベースは、ハウスバンドのトーマスと、ソウルセッションバンドのステファンと私だけ。前は後二人くらい必ずいたのに、ここのところ少ない。ギターも少ない。夏だからかな?

エディのバンドのドラム、アンディが来ている。かれはバンドが果たして夏のフェスティバルに出られるのかどうかを非常に気にしている。出るのであればリハも必要だし、当然だ。前のライブから既に1ヶ月くらいたったけど、特になにもエディから連絡はないと(もちろん私にも連絡はない)。今週末にバンドのライブがあるのだが、私はちょいと個人的事情があって出演できない。きっとそのときに今後の方向性とかいろいろ決まってくるだろう。どうなることやら。

セッションはアンディのドラムで2曲。ともにアップテンポのファンキーなブルース。数日前のシンプルイズベストなんて家訓をすっかり忘れて弾き飛ばす(苦笑)。で次にハウスバンドのトーマスと2曲。一曲目はJBのI got youを超早くやっておもろかったしかしキメを忘れちゃって一度たりともキチンとあわせられなかった。そのあと、女性のすげーだみ声の人の伴奏でカントリー的な曲。全然知らない曲だったのだが、ハウスバンドのギターのトーマス(トーマスばっかなんです)が、弾きながらコードネームを言ってくれて助かる。

久々にガーナ人のデビッドと会う。実は先週の週末あたり、また彼のスタジオでなんかやろうという話があったのだが、連絡がこなかったのだ。彼曰く、うちに電話をしたのだが、通じなかったとのこと。まあ彼ものんびり屋のようだ。彼はデパートで物品のロジの仕事をやってるんだが、いわゆるワークシェアリングた導入されて、その分給料が減るので、新しい仕事を探さなくてはならないのだが、非常に難しいとのこと。いうまでもなく、アフリカや中東、東欧の労働者は、ドイツではそんなにはいい仕事には就けない。ブルーカラー、ちゅうか単純肉体労働系なのである。しかし、彼らは良く働く(と思う)。もうとても先進国の人間には真面目にできないような仕事をやるのだ。デビッドは今までの私の印象では、知的だし、人柄も良い(いまいちインパクトに欠けるのだが)。しかし私に出来ることは、彼がいい仕事を見つけられるよう祈るだけである。

[2003/06/24 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

ジャムとバンド(2) 

最後のセッションは、ドイツ人の初老のボーカル&ブルースハープ奏者中心のものだった。デビッドに、彼はマイク・ミュラーといって70年代には有名なミュージシャンだったんだ、ってことを教えてもらった。しかし、精神的に病んでしまいビルから飛び降り自殺したりして、長らく現場から遠ざかっていたのだが、現在カムバックしようとしてるとのこと。エンジニアのエディ(エディってのもたくさんいるんですが、このエディは、ボーカルのエディのバンドの時にPA担当して私のベースアンプにけちをつけたエディです)がカムバックのプロデュースをしようとしてるとのこと。マイク・ミュラーはピクピク小刻みに揺れながら、ブルースをがなり、ブルースハープを吹き散らしている。セッションにはちょいとへんな変わり種の人間が常連的に何人か存在するのだが、そういうタイプの人とは、なんというか紙一重の差異。しかし、彼が自分で自分の音楽をキチンと構成・表現できる人間であることは確かに確認できるのだ。理解者としてのバンド、彼に必要なのは、多分それである。セッションという場はちょいと彼にはきわどすぎるような気がした。

[2003/06/24 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

シーナバンド回顧(1) 

土日は何もせず、夏だな〜と、思いつつコンフェデレーションカップをテレビでみて、アップルワインを飲んで終わってしまいました。それから、昔の自分のやったバンドの録音を聴いたりしてます。

シーナバンドって、今のかたちになるまでの前史が実は結構長いんです。で現在までは以下のように数期に分けられます。

・ 大学ジャズ研のメンツ時代(〜1997)
大学のジャズ研の後輩を誘って、自分のやりたいような音を作ろうと努力していた時代。今思えば、アシッドジャズとかレアグルーブの流行と並行してます。それから、個人的に大好きだったアフロキューバン的なものも表現しようとしてる。しかし努力してもなかなかそれらしいものは出来なかった、という印象です。

・ 森君加入時代(1998)
ギター森孝人、ドラマー新谷康一郎のトリオで、多分2回くらいライブをやりました。これにサックス奏者2名いれてライブをやったこともあります。この頃の音は、今聴くと、かなりフュージョンぽいです。ドラマーがフュージョン系だったということもありますが、私もかなりテクニカルなことを無理して一生懸命やろうと頑張ってる感じ(ジャコの真似したりとか)。しかし、なんだかアフリカっぽいビートやったり、ディアンジェロの曲を早いスイングで演奏したりと、面白い(かどうかはアレですが)アイデアが出始めてる時代だったかもしれません。

・ おがた、ダイトだいと君加入時代(1998)
旧友おがたたけろう(perc)、そして新しい友人DJ Daito(turn table)を誘って、生ドラム入りの5人編成のバンド。よりグルーブを重視したバンドを目指そうと、心機一転。このメンツでは、多分ライブは2回くらいやったと思います。

・ MPC加入時代(1999〜)
生ドラムを止めて、MPCを導入。今は無き、中目黒モンタージュでの月いちイベント「ラブシック・ナイト」での演奏開始。このころ、音関係を司る玉野哲司もバンド参加。ヒップホップジャズのジャムバンドとバンドを説明するようになったのもこのころ。

・ バンマス不在時代(2000〜)
私の海外渡航によるバンドは一時休止の危機を乗り越え、結局これまで続いてしまいましたシーナバンド(感謝)。ベースは田中けいすけ、土谷竜介が音関係のサポートをしてくれてます。この時期に、DJ ダイトは自らのプレイのシステムをかなり発展させ、MPCによるのループという基本的な土台を超えるような可能性も生まれてきました。

[2003/06/23 23:30] ShiinaBand | TB(0) | CM(0)

シーナバンド回顧(2) 

ざくっと区切るとこんな感じ。だいたい1998年くらいが移行期間で1999年くらいから、現在のかたちになった、というような感じです。
 シーナバンドは、サンプラ・リズムマシン(MPC)の導入で、新たな可能性が広がり現在に至るわけですが、一方で、1998年の時点で模索されていたドラム入りのバンドの可能性は、それはそれとして面白いのかもしれません。改めてテープを聴いてみると、もっと発展させられる余地がたくさんあるはずだ、とも思いました(ただし、この可能性は、かなりの割合でドラマーに依存します)。
 同時に、MPC使ったループ系の演奏も、もっと発展させることは出来るだろう、という気もします。シーナバンドは基本的にかなりざっくりとしたジャムバンド(セッションバンド)で、その場その場の荒々しいノリみたいなもの重視の傾向があるわけですが、もうちょっと構成的に凝ることは出来るだろうし、またテクノロジーの力を借りておもろいことができるかも知れない。結局のところ、かなり人力に頼ってるってところが、このバンドの良さでもあり、限界でもある、というのが客観的な現状認識であります。

アシッドジャズ&クラブジャズ&アンダーグラウンドヒップホップ、そしてジャムバンド等々、ある意味90年代的な音楽のあり方の枠組ってのが重要なバンドの存立条件だった感じがします。多分今必要なのは、もっと新しい音楽のあり方を取り入れること、そして自ら新しい音楽のあり方を作っていくことであると、思いもします。もっとも、実践的なレベルでは、ヒップホップ的な良さと、テクノな良さ、そして生演奏の良さをどう組み合わせていけるのか、このへんが課題ですわな。

[2003/06/23 23:30] ShiinaBand | TB(0) | CM(0)

シンプル イズ ベスト 

ブルースバンドのピンチヒッターベーシストとしてのリハでした。2ギターとドラムベースという4人編成。リハは3時半過ぎから8時くらいまで、一回の休憩はさんで4時間半。27〜8曲をさらいました。疲れました。リードギターのマンフレッドのバンドなんですが、サイド来たーのバーンハルトとはかれこれ25年間も一緒に何らかのバンドをやっていて、ドラムのモニカも既に10年くらいは一緒にやってるという、たいそう息の長い関係のバンド。普段は、新しい曲とか新しいアイデアが出てこない限りはリハなんかやらないとのこと。

レパートリーはトラディショナルなブルースチューン(有名なブルースプレイヤやバンドがやってるらしい)、ピーター・グリーン(なんだかフリートウッドマックにいたひとらしい)とかボブディランの曲等ロック系でブルース的フィールのある曲及びオリジナルです。知っていた曲はザヴィヌルのマーシーマーシーマーシーとブルースブラザーズのブルースのみという壊滅的状況。自分がいかに、ブルースやロックを知らないか、っていうことを再認識のバンド参加です。

こっちに来てから強く思ったのですが、どんなジャンルの演奏でも、基本的にはシンプルで弾きすぎないことが大事だと。ベースってのは、実はボトムでしっかり分かりやすい音を弾いてればいいわけです。あるいは、かっこいいリフをかっこよく弾き続けてればいいわけです。そういうプレイを続けると、バンドはサウンドする。ウワモノの人も喜ぶ。シンプルで強い音楽を作るには、それは非常に重要なことだと思います。

本日のリハでは、まあ曲を把握してないってこともあったのですが、シンプルに弾くことを心がけました。カントリーっぽのはそれっぽい2ビート、ニューオリンズっぽいのはほぼそのアクセント通りにしか弾かない、シャッフルも単純にシャッフル、ランニングっぽいラインもバリエイションそんなにつけない、みたいな感じ。シンプルなので、幾らでも味付けはできるわけですが、あえてしない。埋められそうなスペースも埋めない。そうすると、バンドのサウンドは生きる。そう思います。

長丁場のリハでしたが、予習したかいもあり、みんな非常に良かったと言ってくれました。実は、知らない曲ばっかのあまりやったこと無いジャンルの数十曲まとめての演奏ということで、いい勉強と思ってトラを引き受けたのですが、確かにいい勉強になってます。

[2003/06/19 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

天国と地獄 

家でメシを食って、ドイツ語の宿題をやって、ブルースバンドの譜面おこしをして、新しいトラックの打ち込みの直しをして(運送屋じゃないよ。手打ち[udon屋やないよ]したら、結局ワワンコーみたくなった[ペットショップじゃないよ]んだけど、かなりクラーベがいい感じで気に入る。←わけわからんね)、そんでまだ11時過ぎだったので、セッションに向かう。

セッションバンドのG&Vのフランス人PCが、今日はベースが20人いるぞ!と到着早々言ったのは単なる冗談、私とステファンとハウスバンドのトーマスのみ。本日の目玉for meは、セネガルに戻っていたボーカルのピーポが久しぶりに現れたこと。タイミング良く彼のボーカルのセッションで、アフリカンポップスっぽいのとルンバっぽいのをやる。ドラムはゲルハルト(ソウルセッションバンド)でちょいと違う感じだったけど、まあしょうがない。ジンベ奏者がいなかったのが残念。でもおもろかった。

そして天国のあとは地獄。久々にジミヘン氏と共演。ビートルズのロックンロール(曲名失念)はまだよかったんだけど、ステッペン・ウルフの例のやつ「ワイルドに生まれる」、やって締めにジミのブードゥーチャイルド。前2曲は生まれて初めての演奏、ブードゥー・・は2回目(共にジミヘン氏との共演)、なんだかわけ分からないまま終わっちゃった。この手の曲って、何となく知ってるんだけど、ちゃんと把握してないのでいざやるぞ、といわれても困るのです。ドラムの兄ちゃんはロック好きっぽかったんだけど、彼もクビを傾げながら演奏していた。参りました。

この日は本当にへたくそなサックスが2名来ていて、ミスターT(たしかアラバマ出身の黒人ブルースギタリスト)中心のブルースセッション時に乱入、フリージャズのようでした。あと、ブルースハープ奏者が複数でプカプカやり出して、それはそれはにぎやかでした。カオスもジャムセッションの醍醐味と思って笑ってやり過ごすしかありません。

そういう意味では、うまい中核的な常連がいつもたくさん来て、レベルを落とさないようにジャムセッションが維持されるってのが、まあ保守的ではあれど重要なことであろう、と思いました。そのうえで、まあ名物的なへんなやつがちょいと混ざる、位が面白いのかも。

[2003/06/17 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

やりたいこと上手に表現することの困難さ 

ジャズケラーのバイト、ヴァレンティンのバンド「モメント」のライブ。男性アコギ&ボーカル2名、女性ボーカル1名、そしてウーヴェのドラム(バスドラ代わりにジンベ、タム代わりにボンゴの変則セット)という編成の、まあいわゆるフォークロック。まだライブ2回目の若いバンドでいろいろ問題点も有る。どう考えてもベースは入れた方がいいだろうし、もしかしたらギターはひとりはエレキギターのがいいかも知れない。コーラスが不安定だったり、あと、やってる曲が地味すぎる。もうちょっとグルービーな曲を増やさないと。みたいな感じ。でもほとんどがオリジナルで、そこには好感。ウーヴェのドラムは非常によくて、関心。

終わってからヴァレンティンと話す。彼はクリティカルな顔して聴いてたけど、どうだったかと言うので、上記のようなことをいうと、「普通は感想きいてもよかったよ〜、で終わりになっちゃうけど、いろいろ言ってくれるのはホント有り難い」と、妙に感謝された。次回はウッドベースが入るとのこと。来月また行ってみようと思う。そのときの発展具合を確認する楽しみが出来た。

ライブには、ウーリー(キーボード)とマーク(ベースん)も途中から現れる。ざくっと聴いて、飽きて別のパーティに行くと、途中で去る(苦笑)。まあその気持ちも分からないではない地味なライブだったことは確かなのですが・・・。

ライブハウスで、カリムというモロッコ人と知り合いに。彼はやはりアコースティック系のバンドでギター&コーラズをやってる学生。法学専攻だが、どうも肌が合わないので専攻を変えようかと思ってるとのこと。そういえば、ジャズケラーによく着ているギタリストのヨハネスっていう青年(青年と呼びたくなるような七三わけの行儀良さそうな、でもギタースタイルはマクラフリンとジョンスコ好き、みたいな)も、以前は建築学んでたんだけど、向いてないので、いまは社会学に転向したと言ってた。結構そういう人が多くて、社会に出ていかないのが問題になってるということを前にきいたこともあったのですが、そういう実例2例発見です。カリムは、結局、何をやりたいかがよく分からないので、モティべーションが無くて・・・、と言う。それはようわかる。私のドイツ語能力も、モチベーション&切迫した状況もないし上達しない。フロイトやマルクス読めるようになる、なんて、ちょっと目標高すぎるしな(苦笑)。

[2003/06/15 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

ここまで感じた当地音楽シーン暫定的総括(2) 

 かれこれフランクフルトの音楽シーンに顔を出し始めて3ヶ月〜4ヶ月になると思うのだが、こっちのローカル音楽シーンの特徴がいろいろ分かってくると、考えさせられるものがある。ただ、まだ全ての方面に触れているわけではない。これからもっと、演奏するだけではなくて、いろんなバンドを聴きたいなあ、と今は思っている。面白い音楽は、ソウルクラシックスやジャズをそれなりに演奏できたり、たくさんのスタイルをひきこなせたりするような器用なミュージシャンのいないところにあるのかもしれないし。そうした方面へのアンテナを少しずつ敏感にしていかないとなあ、と思う今日この頃です。

[2003/06/13 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

ホームシック? 

ベノが情報をくれたので、彼がドラムをやるリハーサル無しのざくっとしたセッションを見に行く。トーステンがギターで参加していた。パープル・レイン、キッスなっていうプリンスの曲なんかやってる。ほんとざくっとしたセッションで特に刺激は受けず。耳が肥えたのかな(苦笑)。日本で知り合いがやってるようなバンドを聴きたいなあ、なんてしみじみ思う(比較できて面白いかも)

家では、ここのところちょびちょびと、来月の5日にやるピンチヒッター起用のブルースバンドの譜面おこし。一応譜面らしきものをもらったのですが、まあメモ程度のものが多く、とても他人がそれを見て演奏できるような代物ではないので、自分なりに作り直してます。

どうやら25曲位やらなくてはならないのですが、ほとんどがブルース。しかも、それぞれにキメやらエンディングやらが違うので、簡単なんだけど御頭が混乱する仕組みになっているのです。コアなメンバーは当たり前だけどそれを暗記してるわけで、たいしたもんだと思いました。あ、そうそう、ドイツ語ではBの音(シの音)をH(ハー)って書くのね。

家では、あと自分の作品を作ってます。早いジャズ的な曲作って、結構いけるかな、ってなかんじでいい気になってたんだけど、聞き直してみたら、リズムががちがちで全然よくないのでがっかり。

 ちなみに、トラックメイキングはそのときそのときの思いこみ一発でやってくので、ちょっと冷めてから聴くと、なんじゃこれは?みたいなことがよくあるです。しかしちょっと冷めたときって、反動形成が大きく、必要以上にダメダー、と思いこむこともしばしば、そういうのは3ヶ月くらいしてから聴いてみると、結構いいジャン、なんてまた自分の中で評価高まったりする。でもダメな者はダメ。特に単純なループはそのときはいいと思っても、あとできいてなんじゃこりゃ、みたいなことばっか。

今回のがっかりのトラックは、ビートに対してジャストにショットをおいてるので、がちがちに聞こえるのです。だから、改めて手打ちの訛り感をもったビート作らないとダメと判断。めんどーだがしかたない・・。

ベットで、日本にいた頃の自分が参加したライブの演奏をいろいろ聴きながら眠りに落ちる。なつかしい歌声や音色、自分のプレイはよかったり悪かったり。ありゃ?ホームシック?

[2003/06/13 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

ここまで感じた当地音楽シーン暫定的総括(1) 

 ジャズのジャムセッション。だいぶ遅れて行くとベノがドラム叩いている。前にメセニー系ギターでオタクっぽいってかいたギタリストのトーステンも来ており(この人、実はレコーディングアーティストだったのです、アルバム何枚も出してる。ちなみにベノもトーステンもバークリー出)。なんかレベル高い感じで既に始まってる。残念ながらベノとは一緒にできず、そのあとだいぶ待って終わり頃に2曲、I hear rhapsodyとデイブ・ブルーベックの4度進行が死ぬほど続く、始めてやる曲を演奏。後者は演奏途中にストラップがはずれて案山子のような格好でベースを弾く羽目に(トホホ)。

 終わってからピアノのさとしさんと、蒸発(日常生活からの)とジャズの演奏についての哲学的議論を夜中の4時までついつい話し込んでしまう。もちろん話はあっちこっちに飛びまくり、ドイツのローカルポピュラー音楽事情なんかの話にもなる。

 ドイツでは、ダンス系音楽のカバーバンド(営業バンド)の需要が確実にあり、それを続けていけばそこそこお金になるという現実はあるようだ。例えばこないだの日曜日に聴きに行ったような野外のコンサートみたいなのは夏場には各地で頻繁に開催されていて、そういう催しでの演奏の機会はかなりあるのだ。しかし、そこで演奏されるのは、基本的には昔の有名曲のカバーじゃないとまずいわけ。こうした音楽のあり方、営業バンド的音楽活動は、まあよくいわれることかもしれないけど、音楽やる人をスポイルしちゃう危険性がある。 そうしたバンドをやっていれば、ある程度はお金も入ってくるけど、それはトライ精神やオリジナリティとは無縁のものになっていく可能性が高いのである。こなすだけの音楽。お金を得るためにそうしたバンド活動を優先せざるを得なくなっていくのだ。こうしたみかたを敷衍していけば、例えば過去の遺産で食ってるメジャーなバンドとかでもあてはまるケースはたくさんありそうだ。もちろんお客さんが喜べばオッケー、という考え方もあるだろうが・・。営業バンド的なものに堕してしまうのならば、お客はひきひきであったとしても、(最悪でも自分の気持ちの上では)常にトライ精神持って保守的にならずに音楽やっていた方が多分ましに思える。

[2003/06/12 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

プロジェクトにとって大事なこと(1) 

ガーナ人デビッドのスタジオに行く。新しい曲のスケッチのためにベースを弾いて欲しいとのことで。彼の意見を聞きつつちょろっと数テークベースを録音して、その後はずっと話をしていた。彼は母親かたのおじさんがハイライフという音楽ジャンルのレコーディングアーティストで、母親もおじさんのレコードにコーラスで参加してたとのこと。そんで父親は画家で、つまり芸術一家に生まれてきたとのことです(ガーナでは、床屋が競っていい絵を飾るんだそうです)。

一方、日本の音楽はどんな感じか?と聞かれてハタと困る。デビッドはベトナム人の女性が歌ったうたが気に入ったそうで、日本も同様のものがあると思ったらしいですが、多分ベトナムの民謡と日本の民謡は全然違いますよね(良く知らないのですが)。私は、日本の伝統的な音楽には、ほとんど興味がない、日本の伝統音楽より、アフリカの音楽のがよっぽどよく聞いてると思う、と答える。ガーナは最近はラップが流行ってるらしいです。まあ世界中で米国音楽の影響が見られるわけですわな。ガーナでは、コロニアル時代、特に1910年代20年代にハイライフという音楽形態が国民的な大衆音楽になっていって、他のアフリカの国にも影響を与えるようになって、今はレゲエとかとのミクスチャーがはやりだけど、トラディショナルなハイライフは素晴らしいんだと、幾つか60年代の演奏を聴かせてくれました。カリブの音楽、特にメレンゲみたいなやつとちょっと似てるものとかもあって、なかなかダンサブルでよろしいです。

私と違って、デビッドは自国の伝統音楽(といってもそんなに古いものではなくて、今世紀前半のものなのですが)を明らかに誇りに思っております。日本の音楽はリズム的につまらんのです。どうしても、アフリカンルーツの音楽に心は傾いてしまうのですな。私の場合。実際、南米のいろんなアフロ系音楽、北米のジャズやソウル、アフリカ各地のコロニアル時代のポップスなんか、みんな日本の民謡や演歌より全然面白いとどうしても思っちゃうのからこればっかしはしょうがない。

[2003/06/11 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

プロジェクトにとって大事なこと(2) 

デビッドはバンドもトラック制作もうまくいって、音楽でお金が稼げたらいいと思ってるわけだが、なかなか思うようには話が進まない状態にある。貧弱な機材の問題もあるし、仲間とのコラボも思ったようには進まない、バンドをやっても本番でカオスになったり(かなりみんないい加減)、ベーシストは滞在が法的にやばくなってパリに行っちゃうし等々。協力者はそれぞれ自分にとってやりたいことの優先順位ってものがあるわけで、デビッドはもちろんそれを分かってるの。しかし逆にいうと、デビッド自身ある種のカリスマ的能力、あるいはオーガナイジング的な能力を仲間を引っぱっていければ、話はもっと早いんだろうなあ・・、と思った。デビッドは、基本的にはスタジオで時間忘れてトラック作りに励むようなタイプのやつで、ぐいぐい仲間を引っぱっていくようなタイプではないのだ。

実は、ガンビア人ボーカルでフランクフルトでは成功しているグループシンジケートというバンドがあって、私もライブに行ったことがあるし、キーボードはエディのバンドのヨアヒムがやってるんだけど、このバンドができてるんだから、君にもできるんじゃないの、みたいなことを言うと、あのバンドはマネージャーがいるし、ほとんどのメンバーがこのバンドを一番重要な音楽活動と位置づけてるから、ちょっと特別なんだ、とデビッドは言う。自分は少しずつ少しずつ頑張るよ。みたいな感じ。そして彼のバンドがグルーブシンジケートのオープニングアクトでやったライブを聴かせてくれた。たしかにカオスは存在したが、私にはそんなに悪いとは思わなかった。彼は非常にライブの出来を不満に思っていて、アーダコーダと文句をたれている。リハ何回もやったのに、本番前にベースが飲み過ぎてキーを忘れちゃうとか(笑)、そんな感じだったらしい。ただ、私からすれば、最初のライブだからそんなにうまく行くわけないじゃん、と思うのだが、彼はある意味完璧主義者なんだろう、いろいろ気になるところもあるし、あと他のメンツも忙しいので、バンドをつづけることはとりあえず諦めちゃったみたい。

でも彼は私と知り合いになって、だいぶ気持ちが前向きになっているようだ。彼は打ち込み的なものだけでではなく、生ドラムの録音もしたいと思っている曲ががたくさんある模様。私は逆に彼の歌かラップを自分の曲に入れてもらうつもり。

[2003/06/11 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

若もんはいいねえ 

ブルース&ビヨンドのセッション。私はハウスバンドのあと一番バッターで登場。と、女性ボーカルがすたすたと譜面をもってよってきて、フライミートゥザムーンとキリングミーソフトリーを所望。ギターはユーゴの兄ちゃん、ドラムはウーヴェでさらりとこなし、そのあとユーゴの兄ちゃんボーカルでワッツゴーイングオン、ファンクなブルース。

その後はダラダラと演奏を聴いていたのですが、ボーカルのエディが来ていて、割と若いミュージシャンばっかのステージ(ギターのジュゼッペ、ジンベのウーヴェ、ベースのマーク、ドラムはなんと、こないだジャズのセッションでアートブレーキーバージョンのチュニジアだぜっていった米国の兄ちゃん)で、このセッションは結構面白かったです。ただ、後できいたら、ドラムの兄ちゃんが、俺はミシシッピからきたスゲーいいドラムなんだぜ、みたいなことばっかり言ってたらしく、顰蹙かってた。

頃合いをみて帰ろうと外に出たら、エディ、ジュゼッペ、ウーヴェ、マーク、ウーリー(キーボードの兄ちゃん)、ユーゴの兄ちゃんがたまっていて、あーだこーだのダベり大会をしていて、ドイツ語なので全然分からないのですが、なんか面白くてそのままそれを聞いてた。ウーリーは後ろに彼女にキーボード持たせてだべりに参加している強者で、彼女は相当いらいらしているのですが、全然気が付いていない様子。私はおそるおそるその彼女に話しかけてみると、クチを聞いてくれないのです。怖え〜。その後ウーリーもやっと気が付いて、すごすごと引き上げていきましたが、なんというか非常に滑稽でした。

エディはどうやら若いメンツで新しいバンドを作ろうと考え始めたらしい。それは彼にとっていいことなのは間違いない。ヘンドリク等の30代後半ミュージシャンではなくて、彼がやりたい音楽は20代のメンツでやるべき音楽だと思う。私よりホントはマーク(25,6歳、なかなかいいベーシストです)が適任なんですが、彼は音楽習ってる学生で、なかなか時間がないのだとのこと。

さてエディ考える若いバンド、問題は、若い連中の移り気と、無計画性、そしてエディのいい加減さがきちんとオーガナイズされ得るのかどうか、というあたりでしょう。でもうまくいけば、結構かっこいいバンドになるよ。

[2003/06/09 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

オリジナリティ・・・ 

zU????るフランクフルトの隣町のミュージックフェスティバルを見に行く。フランクフルトはここのところめちゃくちゃ暑くて、もうかれこれ一週間くらい30度デイが続いてるのですが、本日は夕立が降りました。野外フェスティバルだったので、ビショビショ。まいった。ベノが参加するバンドは、米国の60年代&70年代の調子のよい曲をカバーする13人編成のバンド。ソウル系60%、ロックぽいやつ30%で、その他なぜか、ローハイドやってみたりカントリーやってみたりと、ちょっとくだけたバンドなんですな。お祭り系バンドです。このバンドはラス前で、フェスティバルのとりのバンドは、アース・ウィンド&ファイアの完全コピーバンド。日本にもこの手のバンドは幾つかあるようですが、ドイツにもあるのです。人気あるんですね。ファンクバンドの代表といってよいでしょうな。適度に甘く、適度にジャジー、メロディアスな有名曲をたくさん持っているし、メンバーがキャラダチしてるしで、コピーバンドの絶好の対象なんですよね。アース・ウィンド&ファイア。もちろん、たんなるコピーにとどまらず、自分たちの創意工夫をこらしていて、それも善きかな。アンコールはキャントハイドラブでバッチリしめてかっこよかったです。

バンドはフォーカスが重要。ナニをやろうとしてるのかが明確なバンドの勝ち。ベノのバンドも単純でよかったのですが、アースのコピーバンドは輪をかけて明確なわけで、しかもより複雑なアンサンブルをこなしてもおり、よかったです。ただ、問題は結局のところ、オリジナリティ、ってやつなんですな。どのバンドも、オリジナリティがない、というかそんなものは関係ないってスタンスなんですよね。バンドとしてサウンドしてれば(いろんな意味で)、オリジナリティ的なものは関係ない、ってすたんす。私的には、オリジナリティ的なものに飢えている今日この頃ってかんじです。

[2003/06/08 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

私は丁稚参加のソウルクルセダーズ(1) 

本日は、ソウルクルセーダーズのライブ。私はぜんぶの曲を覚えてないので、丁稚的部分参加です。ライブは、ブランド街の一角にある、オシャレな内装の地下のレストラン・バー(あ、ジャズのジャムセッションが行われるクラブもこのすぐ近くなんですが、ここはそんなにオシャレじゃないです)。

ドラムのベノも参加。今日は彼のプレイのファンになっちゃいました。彼は、ヒップホップやドラムンベースなんかのプログラミングドラムを自分のプレイに組み込んで表現できる新しいタイプのドラマーのひとりです。かれこれ3年くらい前だったか、ニューヨークでたまたまKUDOというバンドのギグに出くわして、そのドラマーに強烈にビックリしたことがあったのですが(そのドラマーはローリン・ヒルのドラムとかもやってるらしい)、そのことを彼のドラムの印象とともに彼に話すと、そのドラマー(名前失念)は良く知っていて、彼に学んだものが大きいとのことでした。もちろんクエストラブなんかも好き。彼はバークリーに2年前まで行っていて、そこではジャズばっかだったのですが、ドイツに帰ってきてからファンク、R&B系もまた演奏するようになって、新しいドラミングを取り入れるようになったとのこと。彼はディアンジェロとかエリカバドゥとかのライブは最高!であんなのやりたいって、ドン(ボーカル)に言っていた。

この日は3セット、丁稚のわたしは1セット目の頭と、3セット目の途中で演奏。3セット目では盛り上がる系の曲だったこともあり、演奏が熱くなって、当然ボリュームも上がり、店のマスターから、音を押さえろとの指示(苦笑)。ここは、レストランとかで食事をして、そのあとちょっと一杯、みたいな雰囲気の店なので、演奏がうるさすぎるのを極端に嫌うようです。後でオーナーの初老の女性に、「私が入ってから音がでかくなっちゃってすんませんね〜」みたいなこというと、「どうしてもライブは音が大きくなってきちゃうの、普段はウエイトレスが言いに行くんだけど、今日はお休みだから私が言いにいったの、あなたのベースのプレイは私は好きだけど、音が大きいのが困るの。」。本日はまた30度を超すような熱さ。こういう日はみんなアウトドアで過ごすのがドイツ人。ライブは10時30からの3セットだったのですが、お客さんが結構入り出したのは3セット目(12時過ぎですかね)からでした。

[2003/06/07 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

私は丁稚参加のソウルクルセダーズ(2) 

終わってからカウンターでぼっとしてるとマークがきて、いろいろ私にベースについての講釈を始める。リー・ロイ・ヴィネガーっていう素晴らしいベーシストを聞くべきだとのこと。レス・マッキャンとかとバックビートものやってるけど、ランニングもすごーくよい。無駄なことしないでグルーブがあって、ポールチェンバースも最高。彼はソフィストケーとされている等々。マークは黒人的なプレイ(正確に言うと50年代〜70年代のファンキーなアフリカ系アメリカ人のプレイって感じかな)に強く憧れている白人のアメリカ人なのだ。彼のプレイはもちろんファンキー。ベーシスト抜きの時は、自分で左手でベースを弾く。ブルースのときなんかたまにその左手でベースソロを弾くんだけど、これがいい。ウッドベースのベースソロを分かってるなあ、って関心したです。

このバンドの問題点は、みんな米国黒人音楽のブラックネスを志向しているんだけど、米国黒人音楽といっても幅広くて、それぞれが志向先が微妙にずれてるってところかもしれません。例えば、70年代的なもの、とか最新のもの、とか焦点が決まれば、もっとすっきりとした音楽になるのかも知れません。ベノのドラムが入ると、そしてまあ私が入っても、ジャズ度は高くなるが、その分混乱が増えることにもなるような気がします。例えば、ソウルセッションバンドのゲルハルトのような、ある意味保守的なドラマーが入った方が、サウンドは、例えば70年代的、ということでおさまりがいいでしょう。実際レパートリーとしては70年代が多いし、ドンのボーカルスタイルも、当時を彷彿させるもの(ちゅうか、例えばディアンジェロとかみたいな異様なレイドバック感とかを持ってるようなタイプではないわけです)なので、それはそれでいいのかもしれません。私も70年代的なベースを弾くことを心がければそれでオッケー。しかし、ミスティみたいな曲をバラードでやってみたりもするし、一方ではベノのドラムが目立つファンクな曲をやってみたりもするしで、いまいち焦点がみえないってことはあるような気がする。ちゅうか、まあそこまでいろいろ考えずに、どの曲もそれぞれきちんと曲として、サウンドとして機能するように弾けばいい、ってことなのかもしれないですが。実際それは一番単純でむずかしいことでもあるわけです。

[2003/06/07 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

私は丁稚参加のソウルクルセダーズ(3) 

このライブ、私は丁稚でいいよ、と事前に言ったこともあって、ギャラはなし(ただし飲み物は飲み放題)、彼らはプロの演奏家なわけで、ギャラの問題は非常に重要。ひとり余分に入れば、当然ギャラは減るわけです。私としては、実際のところ、まあギャラが出なくても痛くはないのですが、しかし対等な関係ってのを保証するいみでも本当はギャラをもらうほうがいいんだとは思う。しかし、まあ全曲参加できるようになったらギャラもらうようにしましょう。しかしその前に呼ばれなくなる可能性もあるけどネ。

私が次回するクルセダーズに参加するのは7月の4日の予定。しかし、この時期はバカンスシーズンなので、客が来るかどうか分からないってことがあり、店からライブがキャンセルされる可能性あるとマークは心配していた。そういえば、オーナーと話していたとき、「天気が悪い方が店としては有り難いの。天気がいいと、この時期はみんな外で食事したりお酒飲んだりしちゃうでしょ。」と彼女も言ってたなあ。7月になったらバカンスでカプリ等だのイビザだのマヨルカだのに行っちゃう人も加わるわけで、ライブやっても・・・ってことになりかねない。実際この店がライブを始めたのはまだ数ヶ月前だったそうなので、今後どうなるかはみえないというマークの予想は合理性あるものかもしれません。

あ、そうそう、今日落ち込んだのは、アメリカ英語全然わからんです。彼らが本気出して(というか気を遣わないで)べらべら話はじめたら、ナニ話してるんだか全然分からなくなる。そんなに難しい単語使ってるようには思えないんだけど、思いいっきり言葉と言葉が繋がっちゃうし早い。ドイツ語はそもそも全然分からないし、英語も分からないし、つらいっすねえ。

そいえば、エディのバンド、今週ミーティングするなんていってたけど、なかったなあ・・・。今日ヘンドリクに聞いておけばよかった(といってもヘンドリクはあんましもうやる気ないだろうから、聞いてもやな顔するだけかもしれないけど)。今後どうなるのでしょうか・・。

[2003/06/07 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

あたりまえだけど音楽には仲間が必要なんだ(1) 

ガーナ人デビットのスタジオに遊びにいく。彼は10年前に、ティーンエイジャー時代にドイツに来て働きながら音楽をやっている。」冬は寒いからガーナに帰るんだって。あと彼女もあっちにいる。ガーナとヨーロッパは同じ携帯電話の規格で、普段はショートメールなんかも使ってやりとりしてるらしい。

彼のスタジオは、フランクフルトの隣町で、元軍用かなんかの倉庫だった建物の中にたくさん部屋を作って集合音楽練習用スタジオとして貸し出されているものの一部屋です。このスタジオ施設はブンカー(bunker)って呼ばれる。一部屋2万かからない金額でレンタルできて、一晩中使えるのです。デビッドはスーダン人のセイフ(夜勤なのでちょうど入れ違いな感じでスタジオを後にする)とこの部屋をシェアしていて、コンピュータとかも共用している。ソフトはキューベースを使ってる。バージョンは最新。しかしその他の機材はいまいち。現状ではライブPA用のモニタ、ライブ用のパワーアンプ付いたミキサとか使っていて、ミキサにはヘッドフォン端子がついてないので外部からの録音ができない。しかし最新のソフトと劣悪な機材ってのは、ちょっとそそるものがある(わかってくれるかな)。

デビッドはかれこれ5年近くも自分のアルバム作りを行っていて、いまだに完成してない状態。レゲエやR&B、ヒップホップが好き。曲もそうしたジャンルのものと、後はもちろんアフリカ的なポップス。アフリカンな6/8の曲調が途中でゆったりしたレゲエになったりとか、さすがポリリズムの土壌を感じる。現在の最大のパートナーはキーボードのヤオなんだけど、ヤオは集中力が無くて、最後までやり通さないので困るとぼやいていた。ガーナ人ベーシストがパリに移っちゃったとのことで、それで私が目をつけられたようだ。エディのバンドでエンジニアをやったエディ(同名)とも知り合いで、いろいろ彼とも協力してやっていきたい模様。フランクフルトは狭い。

私がみるところ、彼はなかなか才能あると思う。昼はきちんと仕事をして、残りの時間は、音楽に真面目に取り組んでる若いタレント。でもやはり音楽はひとりでやり通すのは難しい。いい仲間があって始めて人前に出るかたちになる。彼に必要なのはまちがいなくそういう仲間だと思う。あらためてそういうことって大事だなあ、と思った。シーナバンド関係の人たち有り難う(笑)。

[2003/06/06 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

あたりまえだけど音楽には仲間が必要なんだ(2) 

で、彼のスタジオで、彼が作曲中のレゲエとヒップホップにあわせてセッション、なかなか楽しかったです。録音したのをプレイバックしたら、私のレゲエもまんざらではないではないか、と思ったのですが、どうでしょうか・・・。

この手の作業ってのは時間たつの忘れちゃうもので、気がついたら12時回っていて、慌ててフランクフルトに戻る。実はこの日、新しいジャムセッションがあるってので、誘われていたのでした。

あ、デビッドにジャズコンピ聴かせたら、いいチルアウトものだという好意的な感想。ローズの音はどうしてるのかとか、いろいろ聞かれました。

さて、フランクフルト市内のトンネルというバーでのセッションについたのは深夜1時ころ。ほとんど参加ミュージシャンは帰ってしまっており、この日記には久々登場のジミヘン君と入れ違い。ハウスバンドはジュゼッペというイタリアの若い兄ちゃんのバンドで、ボーカルはしかし50歳くらいにみえる黒人のおっさん。今回はドラムとベースが調達できなかったらしく、アコースティックな感じのハウスバンドです。で私が来たということで、このあと4曲くらいやってお開きとなりました。どうやらブルースっぽい曲ではなくて、ソフトロック系の有名な曲を単純にしてセッションをしたいってのがこのジャムセッションの趣旨なんだと理解。グローバーワシントンJr.のJust a two of usが最後の曲となりました。

このセッションは次回は8月か9月だそうな。お金にはならないけどハウスバンドのベースやってくれとジュゼッペに頼まれました。時間の都合が合えば、やりたい感じがします。そうそう、このハウスバンドはパーカッションがいて、ハイコっていうのですが、去年ブライアンイーノのバンドでフジロックフェスティバルに出たんだって。スゲー!。どっちかというとトラックメーカー系の人のようで、コンピュータつかったオリエンタルムードなバンドをやってるらしくて、今度聞きに行ってみます。

今日はこれから発展していこうとしている人に触れて、なんか気持ちがよかったです。

[2003/06/06 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

トライ精神?(3) 

ジャズのセッションをやっている店のバイトのバレンティンっていうフリーター(名目上学生なんだけどわかるでしょ?だって)&ギタリストのライブが金曜日にあるんだけど私もらいぶだからバッティングして見に行けない残念。ドラムがウーヴェ。ファンクっぽいドイツのポップスなんだそうな。例えばソウル・クルセダーズは、ジャジーなソウルをやるバンドなんだけど、うまいんだけど、ある意味実験的なところがないバンドなのかもしれず、なんかそういうトライ的なもののあるものをバンドとしてやりたい気持ちが強くなってきました。成長したのでしょうか(笑)。あ、シーナバンド・・・。

[2003/06/05 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

トライ精神?(1) 

ソウル・クルセダーズのハコバンを聴きに行く。ダウンタウンのオーストラリアン・バー。ハコバンは大抵ボーカル(ドン)、ギター(ヘンドリク)、マーク(キーボード)で行われていて、何で私がこの日に聴きに行ったかというと、まだやってないレパートリーを録音をして金曜日のドラムの入ったセットの予習にするためです。バーは人の入りもそんなに多くなくて、のんびりムードの演奏。ハコバンはキーボード内蔵のリムズマシンのビートに乗っての演奏なんですが、なんというかほんとハコバン!ってかんじの演奏になっちゃって、ちょっとしょぼい。でもこれにベースが入っても、しょぼさはたいして変わらないだろうな、とも思った。ブレークビートとか使ったらどうなんだろう・・、キーボードの音がちょっとアウトオブデートだから今風のローズの音とか使ったらどうだろう・・・等々考えつつ聴いてました。しかし今風になったとしても、しょぼいものはしょぼいかもしれないし・・、それともよくなるかもしれないし・・、その辺はよくわからないけど、なんかトライしてる感が無いのが辛いところ。まあハコバンというのはトライするものではない、ということはいえるかもしれないけど。トライってのは大事かもしれません。ある種のスピリット感じることができないと。金曜日の演奏のためのリハはキャンセルになって(昨日マークからの留守電でそれを知ったのですが)、彼は私がそれをきいて怒ってないかとだいぶ気にしている。金曜日のライブには知ってる曲で部分的に参加する感じになり、私はギャラも少なくなるというわけです。私にとってはどうでもいいことで、だから来週の金曜日の演奏については私のことを訓練生とでも思ってくれ、と言った。ドンも、気にしないでいいといっても、出演する以上はギャラを払われるべきだから、私の分の半分をだす、なぞとも言う。彼らはプロ意識が強く、その手のギャラのことはすごくこだわるのだ。逆にいうと、ミュージシャン同士で貸し借りを作りたくないってことなのかもしれない。来週からマークはカリフォルニアに数週間戻るのだという。なんと、結婚のためとのこと。おめでとう。ハコバンは3セット。1セット目は間に合わなかったのだが、2セット目と3セット目を無事に録音。ちなみに彼らは明日も隣町でハコバンが入っているのでありました。

[2003/06/05 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

トライ精神(2) 

このあと、いつもより遅くジャズのセッションに行く。私は最後の最後にall the things you areとnight in tunisiaを演奏。メセニー系ギターが来ていてなかなかのものでした。フレーズの持っているリズムが非常に軽やかで柔らかく流れていくので、伴奏していて気持ちよかったです。ジミに猫背に座ってずっと指板見ながら演奏する姿に、世界共通のギターフリーク(もちろんオタクとルビ)系の香りを味わいました。そのあと、ドラムの兄ちゃんがアートブレーキーとジャズメッセンジャーズのバージョンでチュニジアっ!ってな感じで、ドッカンドッカンすごい勢いでやり始めたのでわらちゃったのですが、テンポがどんどん遅くなっていってしまい、ちょいと見かけ倒しでした。でも最初はホントにブレーキーかと思った。終わってからギターの人と話をしたのですが、一般のII→V→I(ジャズの基本的なコード進行です)ならいろんなアプローチできるけど、チュニジアはIb7→Imで決まっちゃってるから非常に難しい、と学徒の鏡みたいな殊勝なことをのたまわっていおり、強弁いい加減系の私としては、いささか恐縮してしまいました(笑)。彼はバークレーに行ってたとのこと。あーなるほど。そうそう、そういえば、ソウルクルセーダーズのドラムのベノもバークレー。ドイツ人も結構行ってるようです。ところでジャズのセッションには日本人のプレイヤも二人ほど来てるです。ひとりはさとしさんというピアノでかなりの常連。彼は作曲家で、ジャズピアノは趣味。話すことがいちいち微妙におもしろい人で、ドイツ語が上手。ギターフリーク氏と話しているときちょうど彼も隣にいたのですが、ギター氏は私と話すときは英語、彼と話すときはドイツ語と、不思議なことになってしまっておりました(ちゅうか、ドイツなのに私がドイツ語をほとんど理解できないということが問題であるのですが)。この日は夜中の3時過ぎまでファラフェル(マッシュした豆が具の中東風コロッケ)サンドイッチ食いながら、さとしさんと、わけのわからん話(うーん、うまく説明できないな。隣の芝生を気にしないようなすごーくいい人とすごーく悪い人の話だったのですが・・・)で盛り上がりました。

[2003/06/05 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

暑かったので演奏よりお話優先(2) 

セッションでは、ユーゴ人でベーシストとばかり思っていたやつがギターバリバリ君で驚かされる。音がはっきりしていてうまかったです。誰風っていうのかな、まあフュージョンなんだけど、思い浮かばないな。私は彼と入れ違いで3曲。実はこの日はフランクフルトは30度近くまで気温上昇。ステージ上はさらに暑くて、気合い入れないで弾いていても汗がダラダラ出てくる状態。

幸いなことに、ステファンが来ていて、一曲私のワンダフルなベースを弾かしてくれないか?というので、これぞ幸いと「どうぞどうぞビッテシェーンビッテーシェーン」と譲る。彼が弾く私の65年プレシジョン、客席から聞くと、なんだか音的には冴えない感じ。本日はアンプがいまいちな具合だったのもあるのですが。自分自身が弾く音を客席から聞いてみたいなあ、と思いました(おめーのプレイはいいよ、って言ってくれる人もいるわけだから、良く聞こえてると信じましょう)。ステファンはフェンダーUSAのPJタイプ。どっかのアクティブのジャズベ。たしか既になくなってしまった日本のtuneというメーカーのフレットレス(非常にユニークな音、って言っていた)、そしてウッドベースも持っていて、それだけ持ってればどんな音楽にも対応できる。私のベースはネックが太くてちょっと弾きづらかったとのこと。でも音は、ソウルとかやるのにばっちりだよね。みたいな感じの感想。

ガーナ人デビッドが遅い時間に来て(既にハウスバンドが締めの演奏やってる最中)、むりやりちょっと割り込んでラップをワンフレーズ。彼のラップはレイドバックしていてやっぱいい感じ。他のラップするやつとは全然リズムが違う。セッション終わってから彼といろいろ話す。ガーナは旧英国領で英語は共通語。あと「アカン」という関西弁のような言葉を話すんだそうな。ガーナ人って、男でも女でも、生まれた曜日がファーストネームになっちゃう。だから、ガーナにはファーストネームが7つしか存在しないとのこと。で、アフリカにありがちな国内での部族間闘争が無くて、クリスチャンとムスリムが結婚しちゃうことだってへっちゃらなんだって。金やらチョコレートの原料やら資源や産業もあって、アフリカの中ではまあまあの経済力。独立は1957年か58年(どっちって言ったか忘れた)。初代の大統領はなかなか優れた人だったらしい。いろいろ勉強になりました。そのうち彼のスタジオに行ってみます。

[2003/06/04 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

暑かったので演奏よりお話優先(1) 

ちっとも上達しないドイツ語の予習を終えて Blues & Beyondのジャムに向かう。店のちかくでマーク(米国人キーボード)に遭遇、「シナサン、シナサン」って言ってるへんな人がいて誰かとおもったらマーク。しかし目が悪くなったのかな。だいぶ近くまでよってからじゃないと彼と分からなかった(カンも悪い)。

ヘンドリク、ゲルハルト(ソウルセッションバンドのドラマー)、ヘンドリクの彼女のベティナが店の近くの広場でまったりしているっていうので、店を通り越してそっちに向かう。バンドのリハの帰り道とのこと。金曜日のドンのバンドのライブのためのリハが今週一回はいることになる。そんでベティナから誕生日を聞かれた。星占い。アクエリアス。魚座に近いアクエリアス。芸術家タイプだそうな。日本では血液型での正確類型みたいなものも一般的だといったら、驚いていた。しかし私が驚いたのは、ヘンドリクが自分の血液型を知らなかったこと(笑)。まあどうでもいい話ですが、文化の違いというのは些細なことで出てきます。マークは私の車(10数年前の型のBMW)のことをいろいろ聞く。もしかしたら私の帰国後に欲しいと思ってるのかな?でもベンティン・イーター(ガソリン食い過ぎる)でリッター6キロ程度っていったら驚いていた「キャデラックなみじゃん?」って(脅威の燃費の悪さ)。「ずっとセコンドに入れて走ってるんじゃないの?」って(笑)。残念ながらオートマっす。

ベティナとヘンドリクはセッションには行かずに帰宅。マークも帰宅。私はゲルハルトと店に向かう。ゲルハルトは20年間オペル(自動車)のディーラーとして働いて、そのあと10数年間ジムを開いて、それも数年前に閉じて、今は音楽だけ、スキなことだけやってるとのこと。彼は50代半ばなんだけど、既に孫もいるそうだ。そんで娘がバンドでコーラスやっている。そういう生き方もあるってわけだ。

[2003/06/02 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

エディのバンドの内輪もめ&ライブ(1) 

エディのバンド(Hope )のライブat Blues & Beyond。ライブ前にエディとヘンドリクがケンカ。ヘンドリクは本日、ライブをダブルブッキングしちゃっており、どうしても最後まで演奏できずに途中で別のライブに行くので、スチュアートというソウルセッションバンドのもうひとりのギター(米国人)が助っ人で参加。そのことも含めて言い争い。ドイツ語だから当然よくわからないのだが、あとでアンディ(ドラム)にきいたら、かなり激しいものだった、とのこと。前から書いていることだが、ヘンドリクはエディに対する不満がたまっていた。一方エディもこないだのリハのキャンセル(日本でいうブッチみたいなもんだからね)と、今日のダブルブッキングに対する不満で、不満と不満がごっつんこ、というわけだ。ライブ始まる前にヘンドリクに訪ねると、「俺も確かにミスおかしたけど、エディもずっと関心しないことばっかだった。きちんと言わないとわからないんだ」みたいな感じで既に表面上は落ち着いているようだった。

ライブは、なんというかまあ、ジャムセッションみたいな感じというか、エンディングとか練習した通りに行かないで、ベタのリタルダンド終わりみたいなのが多かった。水曜日に予定していたリハは先日書いたとおりキャンセルだったし、ヘンドリクもライブ後半途中で抜けるしで、まあしょうがないのだが。ヘンドリクが去った後はジャムどがより高まって皮肉にも盛り上がる。アンディも伸び伸びと叩いてる感じで、めでたしめでたし(苦笑)。まあ練習あまりできないのなら、アレンジこらないでオープンで自由度高い感じにするのが一番かも知れないですな(あ、シーナバンドってそうか[また苦笑])。

この日のライブは、PAのエンジニアがちゃんとついていて(もちろん彼にも頭割りでギャラを払う)、ライブ終了後にせっかく買ったばかりのベースアンプに辛口評価(プレイはいいけどアンプがねえ・・、みたいな言い方[苦笑])。オレンジって会社のアンプがすごくいいんだってさ。

[2003/06/01 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)

エディのバンドの内輪もめ&ライブ(2) 

ライブ終わってから、ミーティング、議題は本日のギャラ、既にライブハウスを後にしているヘンドリクの分をどうするか?そして今後バンドをどうするか?みたいなこと。ヘンドリクがこのバンドをどう思っているのか、みたいなことも含めて、来週ヘンドリクも含めてもう一度みんなで話し合うことになった。といっても私はちっともなんにも話せないのだけどさ(苦笑、ドイツ語なので・・・、英語だったとしても、無理だな。あまり意見ない。)。結局ギャラはみんなは35ユーロ、ヘンドリクは25ユーロみたいな感じ。

帰りにエディを途中まで送る。エディはバンドの中では一番若くて(30だと言ってた)、ヒップホップとかR'n Bとか90年代のポップスを聴いて育った世代。車の中で、ちょろっとバンドのことを話す。エディは手伝ってくれたスチュワートをどうやらヘンドリクの変わりにバンドに入れたがってるようだ。私は「君は、もっと若い連中とバンドをやるべきだ」という。彼はちょっと間をおいてから、ホントはそれが一番いいんだろうが、若い奴らで楽器とかうまいやつがいないし、若い奴らはライブハウスに出してもらえない。みないなことを言う。ライブハウスに出してもらえないかどうかは私にはよく分からないことだが、20代でも結構うまいやつはいて、ジャムセッションにも来てる。ヘンドリクは自宅に練習スタジオ持ってるからただで練習もできるし、ミュージシャンの人脈も広かったりと、一緒にバンドをやると有利なことが多い(私はシーンに顔を見せ始めてすぐに彼に気に入られてラッキーだったともいえるわけだ)。でもエディは間違いなく、若い世代の感性の音楽やろうとしてるんだから、若い奴らとやったほうがいいと思うのだ。

そうそう、ライブ始まる前に、ジャズエレクトリカのコンピをライブハウスでかけてもらった。ヘンドリクが某M君のインナーチャイルドのギターソロ関心していたという明るい話で今日は終わり。

[2003/06/01 23:30] not yet categorized | TB(0) | CM(0)