[2008/07/06 11:31]
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翌日もCDを聴いたり、ケルンのMuseum Ludwigに行ったりして過ごす。同美術館は、キュビズムあたりからメディアアートまで堪能できて、しかも、カンディンスキーが属していたドイツのブルー・ライダーという美術集団の作品展や、米国のハリウッド系カートゥーンが色情妄想になってしまったようRobert Crumbという漫画家のレトロスペクティブをやっていたりと、見所満載で、非常に良かった。近年のアートには、ブラウン管や液晶モニタといった映像モニタ上の映像に対する眼差しがななり大きなプレゼンスを閉めてる感じがして、そういうことがこの美術館で感じることができた。ポップアートでは、それはカートゥーンとかスターのイコンだったりしたわけだろうけど。メディア(ハード)、マスメディア(マス・コミュニケーション)及びそのコンテンツ(マスの欲望の対象)。具象的に(ベタに、まあ必ずしもベタにというわけではないけど)この手のものを扱うのがポップアートだとすると、そうした対象(素材)を20世紀のモダンアートの奇跡をなぞるように解体、抽象化、細分化等していく過程として、メディアアートへと至る道筋を捉えることができるんじゃないか、とちょっと思ったりもした。例えば、一見似たような抽象的な絵画でも、そのテクスチャーの違いが第一次世界大戦頃の作品と1980年代の作品を分けていて、後者のテクスチャーには、モニター(モニターを通しての映像、あるいはモニターそのもの等)が影を落としているような気にさせられたわけです。そうそう、ここには、ナムジュンパイクがモニター積み上げて作ったブランデンブルグ門がありました。あと、Aernout Mikという人のビデオアートが面白かった。迷路みたいな空間にモニタが複数並べられていて、レストラン内での人々のなんだか不条理な行動を複数のカメラで負っていて、それが変な感じにループしてる作品(映像的には特別な処理は為されていない)なんだけど、まあビデオコンテンツの作り方も面白いんだけど、複数のカメラがパンしたときに、こちらが動いていないのに動いているような錯覚が生み出されるようになっていて、それも面白かった。音もあったらもっと効果的なんじゃないか、とも思った。 でなわけで、I氏と共にすごしたケルンも充実しておりました。I氏有り難う。
一夜明けて、昼前、ベランダで昨日の残りのスープを今日はバンクゥと一緒に食しながらビールを飲む。フランクフルトはブリュッセルとはうってかわって良い天気で暖かく、みんなで歌を歌い(ゴスペルである、わたしはハモリのメロディをハミングで)良い気持ちになる。 だけど、ブラックモーツアルトは食い終わってしばらくすると文句野郎と化す。デビッドとライブをやるのは今日がでおしめえだ。いっとくが、今日はシーナが来てるからやんだよ。たった20ユーロのために、重い楽器を持ってよう・・、だいたい奴らは俺がライブの時楽器運び一つ手伝ったためしがねえんだぜ。ミュージシャンはギブアンドテイクじゃねーか。ざけんなよっ。ってな具合。で、駅まで3人であるいている間中。文句ばっかである。でもともかく言わないと気が済まないようだ。この日は朝からウオッカのミニボトル一気飲みのブラックモーツアルトは、ともかく喋りまくるのである。でべらんめいになんでもかんでも喋りまくって、人に忠告したり、文句言ったり、体験談を話したり、で、Iユm telling you・・・、と I swear・・(人差し指を天に向けながら)が口癖。アル中気味の一匹オオカミ的な職業ミュージシャンなのである。彼の音楽に関するお喋りは、金儲けと純粋な音楽的楽しみとの間を言ったり来たりしていて、文脈によって、「お前には言うが、音楽とは75%がビジネス、あまいもんじゃねえよ」と、「誓って言うが、お前らと演奏するのは楽しいからさ」を行ったり来たりするのである。かれのピジンイングリッシュを聴き取るのは私には容易ではなく、なかなか疲れるが、なんだか興味深いのである(たまにならね)。 さて、3人でブンカー(練習スタジオ)に機材を取りに行く。ここで、ブンカーをデビッドとシェアしているスーダン人のセイフと再開。相変わらずである。彼の妻が日本に旅行にいって、相撲をたっぷり堪能したと言っていた。私は帰国前にセイフに頼まれて、チケットの買い方をメールで教えてあげたのだ。 それから、ドラムのドイツ人のトーマスにも再会。あと、ガーナ系の教会でドラムを叩いてるピーターとも再会。かれは今日の運転手兼パーカッショニスト。
1時間弱で会場に到着。フリードバーグというフランクフルトから少々北の町の城。自治体主催の音楽フェスティバル。このイベントのボランティアスタッフには、ショコラーデでもキーボードを数回やってくれたブギウギピアノの青年ライフが参加していて、彼にも久しぶりに会えた。会場ではギターのゴースィ、コーラスのサバ(エリトリア女性、美声の持ち主)とも再開。 さて、肝心のライブ。デビッドは声の調子が悪くてイマイチだったようだし、出来が良かったとは言えない。私も初めて弾く楽器でイマイチ。まあ演奏は止まらなかったから良しとする(笑)。客はドイツ人のティーンエイジャーが中心で、ストレートで楽しげなアフリカンポップスみたいなのはイマイチ受けない感じだった。踊っているのは中年のおっちゃんやおばちゃんばかり。 自分たちの演奏の後は、人の演奏を楽しんだり、会場の他のライブステージ(ステージが二つあった)に行ったり、賄いのメシを食ったりして過ごす。で帰ろうとしたらブラックモーツアルトがリュックサックをどっかに起きっぱなしにしてしまって探しに行って時間をとったりといろいろあるも、まあ無事にフランクフルトに。帰りはトーマスの車で彼と話しながら帰る。トーマスは、アフリカ系の音楽は、ストレートで若いやつらには受けない、と同意見。サイケだったりジャジーだったりといった付加的な要素が必要なのだ。ブラックモーツアルトの使うシンセの音も超ベタでストレートな音。サウンド的な感性の違い、というかそういう点に関心が無いんだよね。ダンス音楽としての強いグルーブが生成できれば、もちろんそんなことはどうでもいいのかもしれない。しかし、ショコラーデはそういう意味でもまだまだである。サウンド志向と強いグルーブが同居している音楽。これがめざされるに越したことはないと思った。 みんなはフランクフルト駅のホームで私を見送ってくれた。有り難う。因みにブラックモーツアルトは、そこで早速ドイツ鉄道の女性車掌を軟派し始めていた(笑)。「あいつはこのバンドのオリジナルベーシストで日本人のスゲーやつなんだよ。だからくれぐれもVIP扱いで、ミネラル・ウォーターとか持っていってやってくれよ。で俺たちはフランクフルトで最高のダンスバンドををやっていて、今週もダウンタウンでライブやったんだ、今度またやるから電話番号教えてくれ!」。おいおい、である(笑)。
フランクフルトからケルンに。日本人の友人I氏宅に泊まる。I氏はジャズ好きのサックス吹き。彼とはずいぶん前に、ニフティサーブのパソコン通信のジャズのフォーラムの連中によるジャムセッションで知り合い、ドイツ滞在中に交友を深めた。彼は『電化ジャズ通信』とかもちょっと読んでくれていて、いろんなジャズの話で盛り上がる。彼の所有するCDをいろいろ聴く。
どういうわけだかブリュッセルにおります。で、ブリュッセルからはケルンまで2時間半程度、そしてケルンからはフランクフルトまで一時間程度という近さ!旧交を温めに、いって参りましたドイツ。と、ここまでは何もこのセッション通信に書くまでもないことだったのですが。 フランクフルトではデビッド(ガーナ人のボーカリスト)のアパートに泊まる。このアパートは元々は椅子を作るファクトリーの労働者のドミトリーだったところで、なんとUray(ガーナ人のラガやるやつ)とブラックモーツアルト(ガーナ人キーボード)も住んでいる。夜は4人でデビッドが作るアフリカ料理の晩餐。辛い魚のスープと、ひき割りの麦をお湯でふやかして少し加熱しながらぐりぐりと混ぜてグルテンをだしてこんもりともたっとした固まりにしたもの(芋でこれを作るとフフ、トウモロコシで作るとバンク、今日のはグリースとか言ってた)。魚のスープは、まずはカニを一匹入れて殻を柔らかくしてダシをとり、そこにつぶしてぐちゃぐちゃにしたタマネギと激辛生レッドペッパー(ハバネラみたいな)とトマトを入れて煮込み、素揚げした魚の切り身を入れてさらに煮込んだもの。大きな皿ににスープが入れられ、グリースを手にとってスープの中に浸して、食うのである。ナイフもフォークも箸も使わない。手づかみでずるずる食う。辛い。暑い、美味い。 翌日、夕方に近くの町で音楽フェスティバルがあるという。ギターのゴースィが1週間前に持ってきた話で、まだベーシストに今日の件を話してないから、お前が出ないかとデビッド。実は木曜日にブルース&ビヨンド(フランクフルト内のライブハウス、月曜のジャムセッションによく行ったものだ)でライブがあり、その時はドイツ人の私の後釜のアレックスがベースを弾いたという。要するに、私が来ると分かった時点で、デビッドは最悪私が当日に引けば良いのだから、アレックスにはギリギリまで伝えない、というタクティクスをとった訳だ。私はリハなしでも曲を知ってるからプレイ出来る。のんびりしたもんだ(再び苦笑)。楽器はUrayが持っていて、それを借りることに。ホントは新しいベースのドイツ人アレックスが入ったバンドの演奏を聴いてみたかったのだが、それは果たせず。でも、日本に帰ってから一回もライブで演奏してない人間が、ちょいと戻った当地でいきなり演奏のチャンスが与えられるとは、皮肉なものである。
吉祥寺のスターパインズカフェにマラカスミラーを聴きに行く。このバンドは去年の12月に続いて二度目である。私はこのバンドが好きである。このバンドは、明らかに不可能に挑戦している。北米の黒人達の最先端のポピュラー音楽を、北米の黒人達のように演奏することが目標であるようなバンドだから逃げ場がないのだ。この「挑戦」は、失敗しつづける運命にあるのだが、しかし、実はこのレベルでヒップホップR&B的な世界を表現しようとしているバンドさえ、日本にはそんなにたくさんは無いと思う。私はこのバンドが大好きである。以下で端的に問題点と対策を掲げる。 リズムの問題。ヒップホップR&Bのリズムの特性を理解し吸収しなくてはならない。さもなければ、打ち込みで演奏されるべきなのである。 言語の問題。音で北米の黒人の音楽を目指すと同時に言葉でも北米の黒人の音楽を目指さなくてはならない。さもなければ、インストで勝負すべきである。 ダイナミズムの問題。音が必要以上に大きくないところというのは基本的に良いのだが、ダイナミズムを表現しなくてはならない。さもなければベタな大音量で演奏されるべきである。 ブラックネスの問題。あくまでも音楽(言語使用も含み)的テクニックのレベルで勝負されるべきである。その他の「黒人的」表現の採用については、ことによると非常にかっこわるく見える可能性があるので注意が必要である。 かなりストイックな見解であるが、実はこれらは、私自身が自分のバンドをやるに当たって考えていたこととかなりクロスする。私がこのバンドを好きなのはそのせいかもしれない。ストイックに語ってきたが、いかしてるなあ、と思ったところも結構あったことは白状しておきたい。
マイルスカフェのジャムセッション(80年代マイルス)。ハウスバンドのベースがmeu bem quereというブラジル音楽を演奏するバンド(5月10日の記述参照)の鈴木信吾氏( http://homepage3.nifty.com/omd/)だし、土曜日だし、ファンク系ということもあって、出かけてきました。到着すると、ずばり『We want miles』ぽいサウンドが聞こえてきます。オーナーのマイルス・小林さんのトランペットがあのころのマイルスなのです。プレイヤ達も、狙いを理解した演奏。聴いていると、にやけてきてしまいます。 セッション参加者は私を含めてマイルスの80年代の曲をレパートリにしているわけではないので、全部が全部マイルス80年代になるというわけではないのですが、4ビート系というよりは、フュージョン系、ソウル系をカバーするミュージシャンによって、いわゆる一発もの等が演奏されます。 さて、私の出番がやって参りました。マイルス小林氏が一言「Fで」。ぼんやりした感じでセッションが始まり、ファンクっぽい輪郭が徐々にでていって、そこそこ激しくなって、マイルス氏がItユs about that time(アルバム『In a silent way』所収)のテーマを出したのでベースもその曲のリフで呼応。このセッションは、「80年代」じゃなくて、すっかり70年代マイルスになってしまいました(苦笑)。 その後、ピアノの女性の方の所望で「Wave」をごくごく普通に演奏したり、Chickenをやったりと、私の演奏はまったく80年代マイルスにはなりませんでした。ちゅうか私は、80年代マイルス的にはとても演奏できませんのですが。 本日印象に残ったプレイヤは以下の通りです。 まずは、なんといってもマイルス小林氏。この人のマイルス度には強烈なものがあります。たいしたものだと思います。 そして信吾氏。本日は『We want miles』のころのマーカスのよさを提示することに成功しているプレイで感心。私はマーカスにはそんなに興味ないのですが、マイルスバンド時代のプレイに関しては、とても無視できない凄さ、そして可能性を感じます。信吾氏は、スラッピングをせず、指弾きのマーカスの良さを消化したプレイになっていました。また特筆すべきなのは、くだらんテクニックに流れず、ブラックネスをきちんと感じさせるようにプレイすることができる信吾氏の資質でしょう。弦を弾く右手のタッチが非常に良くて、無理のない感じなのです。
テクニックには、くだらんテクニックと素晴らしいテクニックの2種類あるのですが、信吾氏のテクニックは後者です。弦を弾く位置もフロント側とリア側では音色が違うのですが、弾くフレーズの効果を意識してきちんと使い分けているし、指の腹を上手く使った(と思うんだけど)ミュートでちょっとスタッカート気味に弾いてみたりと、かれの「うた」はそうした良いテクニックにきちんと裏付けられたものなのです。こういうプレイを聴く&みるとホントに勉強になります。 ハウスバンドのyoshi氏。Yoshi氏のドラム、まずはリムショットがすごくいい音だなあ、と感じました。バックビートにある種の意図的なアクセント付けとかも感じ、かなり新しいドラミングを踏まえて叩いている感じもしました。後で話したら、私と同世代で、すごく幅広く音楽を知っているかただったので、むべなるかな、でした。 きていたギタリストのやぎはし氏。やぎはし氏とは、5/12日に書いた立川での長谷川朗カルテットのライブでたまたま席が隣で知り合ったギタリスト。氏のプレイを聴くのは今回初めて。ワウを使ってファンキーなスタイルのプレイを展開。何故か演奏されたコンファメーションなんかでもきちんと和声進行を抑えたアドリブを弾いておられました。Yoshi氏とやぎはし氏は7月にマイルスカフェでライブをするとのことなので、是非行ってみようと思っています。 私は、久々に(4月に鶴野美香さんのセッションで弾いて以来かな)アンプを通して大きな音でプレイ。なんかアンプ使ってのプレイのコツを忘れてしまい、演奏が終わるたびに、信吾氏に音がでかくないかどうか確認(でも小さかったようです)。指の筋肉というか、基礎体力が弱ってる感じがしました。私はがーっと行くときは、「怒鳴る」プレイスタイルなので、基礎体力が重要だと、いつものことですが、再認識。だけど、いい加減トシなので、そろそろ弦の高さを下げて、弾きやすくせねば・・などと弱気でもあります。いずれにせよ、そろそろ自分のプロジェクトを立ち上げねば・・・、と思いました。しかし、一月くらい日本を離れるので、まだまだしばらくはできないのでありまする・・・ ハウスバンドが最後にTUTUをやってこの日のセッションは終了。このTUTUはなかなか繊細ささえ感じる演奏で、本日一番だとおもいました。音小さめで、ハウスバンドのプレイヤそれぞれの良さが十全に出ていた演奏でした。
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