[2008/07/06 11:26]
|
トラックバック(-) |
コメント(-)
キーボードの鈴木潤さんのページを読んでいたら、ピアノの練習して肩こりがなくなる、と書いてあったのが印象に残った。なぜならば、私は練習すると肩と胸が凝るのからである(笑)。 練習だけではなく、ともかく楽器を弾くと肩がこるし、指は痛くなるし、散々なのである。フランクフルト時代には、左手の人差し指が「ばね指」になったし、最近は右手の手首が腱鞘炎なのである。そういえば、ドラマーの天倉氏は、腱鞘炎のもっとひどい状態になり、長い間ドラムを叩けなくなってしまったという。私どころの騒ぎではなかったのである。 楽器演奏に伴う様々な身体的苦痛は、これはもう仕方ないものと考えている。だましだましである。そうやってだましだまししながら、エントロピーは増大していくわけである。
シーンの存在をまのあたりにするのは、気持ちよいものである。多分20代のプレイヤを中心にある種のシーンが立ち上がってきているような気がする。ROOMのセッションなんかで知り合って、いっしょにバンドをやったり、互いに影響しあって、興味深い音楽が生産されていくわけである。そうしたシーンにどんどん才能のある人材が集結して、どんどんディープになっていけばいいと思う。私もそういうシーンの端っこに置いてもらえれば幸い、というか弾き飛ばされないようにしないと(笑)。 このシーンにとってちょっと追い風なのは、同世代で同傾向の音楽的嗜好・志向を持ったいくつかのバンドが、ジャズというカテゴリーからメジャーデビューしてるってことで、そのために上向きのベクトルが発生していることは確かだと思う。上述のROOMのセッションなんかで時折感じられるぎらぎらしたエートスは、その辺から来るものだ。これをハングリーさということもできるかもしれない。 このシーンを支える20代のミュージシャンのスタートラインは、完全にジャズが従来の意味でのジャズを越えて意味表示されることが一般化した90年代にあると思う。言うまでも無く、アシッドジャズやヒップホップによるジャズのイクスプロイテーションあたりが、この世代にとっては初期のジャズ体験に組み込まれているはずである。 もちろんこのシーンのバックグラウンドは、そういう新たな意味合いのジャズのみではないわけだし、別の観点からは、例えば、グルーブという観点に対する強い嗜好・志向も指摘することができるだろう。そう、グルーブしなくちゃ意味がない、のである。面白いことに、従来のジャズの観点から言うとするならば、スイング(4ビート)ではないジャズ、ソウル/ジャズ、ファンク/ジャズ、ラテン/ジャズが好まれる傾向はあると思う。だとすれば、実はそれは、一時代前の、いわゆるフュージョン・シーンと似ているのである。ちゅうか地続きなのかもしれないのである。
等々いろいろ考えつつライブを聞いていたわけであるが、まだまだ若いバンドで、いろんな可能性があるだろうし、いろんなアイデアを導入できる余地もあるバンドだと思った。メンバーも多いし、カバー主体のレパートリーだと思うのだが、リーダーの音楽性が強くでるオリジナルが欲しいところだ、と思った。あと、ダンスバンド的要素重視に振れるのか、ジャズ的な要素重視に振れるのか的な配合とかが明確になってくると、お客的にはフォーカスして楽しみやすいバンドになってくるのかな、と思った。その辺のビジョンは徐々に明確になってくることであろう。
年末に友人知りあい等のライブ目白押しも、結局全然行けてない。残念&御免 来年は今年以上にいろんなかたと音楽をしていけたら、と思っております。読んでくださっている方々、何卒よろしくお願い致します。なんかあったら誘ってください。 考えてみたら、ジャズにもバックビートありますよね。ハイハットを2拍、4拍でふんでるやつ。これをぶち壊したのはトニーウィリアムスっていう理解でいいのかな。多分そうなんじゃないかと思う。全くハイハットを踏まないでライドだけでスイングを表現する、あるいは、全拍ハイハットを踏んでしまうようなやりかたって、トニーが嚆矢だと思われまする。
こういうものがDVD普及のため?にどんどんリリースされるのは嬉しい。 さて、わたし的にはジャック・ディ−ジョネットのドラミングに注目である。数日前の日記に書いた「バックビート」はこの当時のマイルスのバンドには希薄だ。この時期あたりまでの電化マイルスはロック導入などといっても案外分かりづらかったりするのだが、それはバックビート的なバックボーンがしっかりしてないことからくる部分が大きいんだと思う。 バックビートはホントに分かりのである。ドンタンドンタンっていれば、泣く子もすやすやおやすみ、なのである。 というわけで、ロックの要素を導入期のマイルスバンドにおける非バックビート的ドラミングのディジョネット先生に乾杯であるメリークリスマス。
ROOMのセッション。いつもここのセッションは、ギラギラしていてテンションが高いのだが、本日はなんとなくのんびりムードである。ベーシストがあまり来ていなかったので、4,5回演奏したと思う。 演奏者としてのインプットが少ない今日この頃である。練習の仕方を変えなくてはならない。内部を充実させるよりも、外部から新しい空気を導入しなくてはならない。
北米においてドミナントなポピュラー音楽、ということは、ほぼグローバルなレベルでドミナントな音楽において、これまたドミナントなリズムとは、バックビートがあるビートである。バックビートはつきものなのだ。これはあまりにも当たり前だが、じつは驚くべきことだ。バックビートってのは、ヘビメタにだってヒップホップにだって実は等しく存在する例の2拍4拍のスネアのアクセントのことだ。つまり、北米の多くポピュラー音楽のサブジャンルは、おんなじ、なのである。 このバックビートは、50年代のロックンロールのの流行によってドミナントなものに、メジャーなものに一気に躍り出た。ロックンロールってのは、プレスリーに代表される白人の音楽という印象があるのだが、もともとは黒人の音楽だったという点も興味深いのだが(バックビートの原点はシャッフルだと思う)、いずれにせよ、このリズムのフォーマットが、現在に至るまで、世界のポピュラー音楽の世界においては、食品の世界における味の素のように、からみついては離れない強力な必需品となっているのである。 ドラマーは、あーだこーだとポピュラー音楽のサブジャンルの好みやらなにやらをいくら語ろうがなにをしようが、ある意味では、バックビートの生産という機能を果たしている存在にすぎないのである。しかし、ポピュラー音楽に真剣に取り組もうとするならば、このバックビートなるものと一生つきあう決意をしなくてはならないのだ。それはつまり、バックビートにウンザリするという運命を受け入れることでもあるのだ。バックビートにウンザリすること、そこから偉大なポピュラー音楽家への道は始まるというべきなのかもしれない(笑)。構造的にはどれをとっても同一の、つまりスネアが2と4に入るという意味ではどれをとっても変わらないリズムをいかに素晴らしく、新しいものとするか。人とは違う、かつ魅力あるものとできるのか。いかにバックビート及びその他のショットとの関係において生じるグルーブをよいものとするか・・・・。まあそういうことであろう。シンプルだが奥が深いバックビート。である。
もちろん、北米のポピュラー音楽のリズムは、バックビートのみに還元されるものではない。スイングにはバックビートは必要ないし、カリブだけどアフロキューバンのリズム(クラーベのシステム)もバックビートとは異なるものだ。それらのグルーブの良さは、バックビートと組み合わさるととたんにつまらないものになる場合が多かったりもするので、要注意なのだが・・(もちろん興味深い融合もありますよ)。ディスコのいわゆる4つうち、4 on the earthってのはそれ自体はバックビートものとはことなると思うのだが、これにハンドクラップ等のバックビートが入ることでドッチータッチードッチータッチーってな具合になる。ここで大事なのは、ぽっぴゅらー音楽のリズムにもバックビート以外のシステムがあるということだ。もちろん規則的なビートを無視した表現が可能な前衛ジャズ的なフリーフォームのドラミングだってある。それらを知っているものと知らないものの差は、非常に大きいのだ・・・。・・・60年代の英国のロックのドラマー達の基本的なテクニック体系は、まあジャズ、つまりはバックビートもののためのテクニック体系ではなく、スイング系(日本でいうところの4ビートってやつ)だった。スイング系のテクニックをもったとんがり兄ちゃんたちが、あたらしくてかっこいいバックビートものを叩いていた、いうわけだ。もちろんそれは、モータウンの60年代のセッションドラマーだって同じことだ。しかし、その後、スイングを通らずにバックビートから始まるテクニックが一般的になっていくわけで、それにより、多くのドラマーはジャズ系のグリップを採用せず、よりバックビートが強く出せるようなシンプルな握り方になっていくのだ。日本では8ビートと16ビートという言い方を良くするが、これらももちろんバックビートをもったものが主流である。ではどこがちがうのか・・・・等々。 まあいずれにせよ、繰り返しになるが、2と4のバックビートからはポピュラー音楽を遣る限りは離れることは出来ない。ウンザリしつつも魅惑されること、まあ古女房のようにつきあうことが大切なのである。とおもいますですハイ。
聴きに行くのは3回目。こなれてきている、と感じた。本日はゲストプレイヤが複数入って、小さなお祭りのような感じ。私も一曲弾かせてもらった。 林田氏は強いうたをもっと出して欲しい、と思った。一つ一つの音やフレーズの隅々に神経を行き渡らせること。但し、それは、こじんまりとまとめあげる、ということとはもちろん違う。あと、管楽器奏者がブレスするように間をとり、管楽器奏者のように歌うこと。これは良く言われることだが、ソロをプレイする時のコツの一つなんだそうである。 これからも楽しみである。
振り返ってみると、「セッション通信」で、バンドについて次のように書いてきた。 (1)ライブバンド的なものと、コンピュータ的なものを組み合わせて、面白いものができるといいなあ、と思う。しかし、それっぽいものには、私的には興味がないのだ。いまオウテカが面白くてはまってるけど、単純にノイズ的なものをちりばめてそれっぽくやることは、無理だし意味もないのでは、と。まずはオウテカのグルーブを捉える必要があると思う。このバンドのリズムはなかなか強力である。そしてまたそのグルーブの中のイレギュラーの部分が刺激的であり、そういう揺らぎ的なものをどう捉え、ライブ演奏にその刺激を吸収できるか、とか。 (2)考え方を変えて、演奏する(合奏する)こと。完成品のアセンブリングではなく、単線的あっても、サッカー選手のように、場面場面、ショットショットでの選択の自由(逆に言えば選択の責任なのかもしれないんだけど)がある音楽がやりたいのである。(10/24) (3)多分、このバンドとしての肝の一つは、この「単にグルーブに身を任せない」ってこと、になると思う。メンバーはもちろんグルーブを愛しているわけであるが、しかし、所与のグルーブを意識しつつも、グルーブありゃオッケー的な立場を取らず、例えばインテンポとルバートの中間のアンビバレントな領域に踏みとどまること。もちろんインテンポなフレームが提示されていたとしても、事情は同じになるだろう。(10/30) (4)黒人音楽的なリズムの訛りやらレイドバックやらを極端に表現すること(12/6) これら4つの言葉の間の関係は、あまりにも曖昧である。というかまったく関係ないじゃん、という感じでさえある。私の頭はすごく混乱しているのだ、と自分でも思う。 ただ、このバンドに関する言辞の変遷が、抽象的なアイデアから、より具体的な方法論的なものへと収斂してきた、ということは言えるんじゃないか、とは思っている。いささか支離滅裂な螺旋的収斂ではあるが(但し、最初のアイデアが無効になってしまったわけではないのだが)。 こうした方法論的収斂を、どうバンドの選曲やらメンツ構成やらに適用させていくか、である。 実は上述で述べていたコンセプトとは多少ずれた感じのプロジェクト(ミニアルバム作成)も同時に走らせているから、事態は複雑だ。 最後だが、参加してくれているみんなに強力に助けられている。あらためて、ありがとう。
バンドのメンツのウェブにて、シーナバンドでの演奏に関する迷いが書かれていた。真摯に受け止めざるを得ない。新しいバンド立ち上げたはいいが、自分自身がいろんな意味で(特に音楽的にだけど)過渡期を迎えている感じも強く(いまごろになってやっと21世紀が訪れたのか[苦笑])、ポジションがどうも定まらない感じだというのが、一番の問題だと、自分では思っている。 もっとも、徐々にではあるが、ここのところ、方向性が見えてきた感もある。それは先日述べたような、ブラックミュージックの範疇での試み、ということ。なんで極東の黄色人種が・・等々と言わないで下さい。黒人音楽というものは、演奏者としての私にとってユニバースを構成しているのであり、それはもうそういうものなのだから。私にとっては、黒人音楽という範疇は誰にでも開かれているもの、として在るのです。 そういうわけで、ブラックミュージックとして演奏してください。 方法論としては、黒人音楽的なリズムの訛りやらレイドバックやらを極端に表現してみよう、ということです。それを音として具現化するための、あるいは具現化することを容易にするために演奏者が必要とするイメージや、ビジョンや、物語については、基本的にはなんでも有り、だと思うです。
シーナバンドの録音。森氏、天倉氏、おがた氏、林田氏参加、エンジニアは玉野氏@究体スタジオ。3時間半ほどで、ざくざくっと4曲とる。 本日録音したものは、10月に録音したものとともに、煮たり焼いたりしてミニアルバムに仕立てることになる。最終的にどんなものになるのかは、自分でもよくわかってはいない。最近はどうも、自分で良くわかっていないことばかりやっているような気がするのだが、つきあってくれている方々に本当に感謝である。
1月9日にシーナバンドでイベントに参加する。オーガナイザー寺田氏と打合せ。出版業界の面白い話をや音楽についていろいろ話す。 話すということの本質は、事前に考えられていたこと、内的に構築されているなにかを外に表出するというところにあるのではない、と思う。話すときに初めて生み出される何か、生み出されてしまった何かがあること、それがあるからこそ、話すことは面白いのだと思う。 私が自分のバンドでやっていることは、漠然としていて自分自身でもとりとめが無いものなのである。人の前で自分のバンドについて語るとき、従って、差し当たりは言葉が失われた状態というのが、実のところなのだ。 寺田氏に述べたことを、こうして今書いている時点で補強して箇条書きにしてみよう。 ・ ブラックミュージックに興味があって、北米のある種の黒人音楽のレイドバックが興味の対象だということ。 ・ ある種のヒップホップには、強力なレイドバックや微妙な訛りに強くひかれること。 ・ Dユangeloあたりの生演奏のスタイルにあるレイドバックの要素が好きなのだが、自分はそういうレイドバック的なものをもっと極端にとらえて推し進めてみたいと思っているということ。 ・ そうしたラインから、インテンポとアウトオブテンポの間のアンビバレントな領域に止まる音楽を、現在志向するにいたっていること。 ・ 従って、10月30日に演奏した音楽は、フリージャズやインプロという文脈には必ずしも則っているわけではないこと。 ・ フリージャズやインプロヴィゼイション的な要素を感じさせる演奏ではあるが、実はそうした音楽をこれまで志向していたわけではなく、むしろ、これからたくさんそうした音楽を聴いていきたいと思っている、ということ。特に、ブラックミュージックを強く意識したフリージャズやらインプロヴィゼイションで面白いものがあるならたくさん聴いてみたいと思っている、ということ。 こうして言葉にして、文章にしてバンドのコンセプトを作り込んでいくことは重要だ。だが、自分の頭の中であーだこーだ考えていてもらちがあかないものだったので、寺田氏と話してみて、そして今それに基づいて記述することができたということは、非常に意味深いことだと思っている。感謝である。
| HOME |
|