9/30日、土曜日に、
青山(外苑前)のカジュアルなイタリアンレストランJANOJAにて、「いつ何時誰の挑戦でも受ける!ソウルなイベント」(by 伝九郎)であるところの、
SoulGardenVOL.9 を開催します。
Soul Gardenというのはイベントの名前なんですが、演奏場所は全然ガーデンじゃなくて、B1のレストラン内なんですが、やる音楽は、北米のブラックミュージックないしはそれに影響をうけている音楽が主体なので、ソウルといって嘘はないです。Vol.9というのは9回目ということで、決してボリューム全開一歩手前とかそういう意味ではありませぬ、ってそんなこた、言われなくたってわかってますわな。
さて、出演バンドは以下の通り:
トビウオ みともたかこ(Vo)、じゅん(Key)、田中啓介(b) 永田真毅(d)
http://members.at.infoseek.co.jp/tanake27/mtop.html
トップバッターは、私も何回かお手伝いさせていただいたことがある、迫力と繊細さを兼ね備えた素晴しいフィメール・ボーカリスト、みともたかこさんのバンド。多分日本語のオリジナルの演奏だと期待しています。彼女の書く曲には、私は70年代の「和製ポップス」的な良さを感じます。しかしもちろん単なる焼き直しなんかじゃなくて、サウンドはモダンなR&Bっぽい感じだったりとか、新しいサムシングがあるはずなので、楽しみです。
武蔵野ファンク 鐵切 伝九郎(Ts、司会)、パルメザン(trb)、キリマンジャロ(Gt)、
コサックマサ改めチョイナチョイナ石川書記長(key)、ボボメキシコ(Dr)、ボス(Bs)
http://webstyle.jpn.org/m-funk/
http://mixi.jp/view_community.pl?id=249164
続いて、本イベント主宰者のツーブラトン、伝九郎氏とボス氏の参加する「団体」(伝九郎氏はバンドのことを「団体」って言うんですよ)、武蔵野ファンクです。この夏、多分20本くらいライブやったんじゃないでしょうかこのバンド。噂に聴くところでは、レコーディングもぼちぼち始まっているだの始まっていないだのらしいので、「団体」として円熟した演奏が聴けるはずです。このバンドは、基本的に熱いです。楽しみです。
椎名達人セッション: Takeo sings JAZZ 関口丈夫(Takeo or Keos)(Vo)、椎名達人(b)、森孝人(G)、小森耕造 (D)
三番目は、私のセッションバンドです。ノーダウトでインクレディブルなメールボーカリスト、関口丈夫、Takeo、あるいはKeos(一体どれが正式のステージネイムなんでしょう、本番前までにはちゃんと聞いとかないと。。)氏に、ジャズを歌ってほしいなあと思って誘ったら、快諾して下さいました。音小さめ、テンポゆっくり目、声太めな感じで、ジャズのスタンダードを中心に演奏します。ゆるい感じのセッションなんで、どんな演奏になるか全然まだわかんないです。アレンジ(といってもラフなヘッドアレンジですが)これから考えます。てなわけで、これ、自分でもすごく楽しみ。
というわけで、いつも通りの3バンドで、いつも通りピースなイベントです。是非聴きにきてください!!
青山JANOJA
東京都港区南青山2-22-2 クインビルB1 03-3475-6099
http://www.janoja.net/
Charge:ADV 1000円 / DOOR 1200円 (D別)
OPEN:18:30/START:19:00
JANOJAは美味しいアンチパストやプリモピアット(パスタ類)、そして美味しいワインが手頃な値段で楽しめる、カジュアルなイタリアン。音楽といっしょに食事も楽しんでね〜。
いうまでもないことだが、北朝鮮への経済制裁は、あれは対外政策というよりは、むしろ国内政策であるということ。
「美しい日本」なるものを正当化させるためには、「汚い外国」が必要なのである。
そうそう、例えば、中国の汚染。
これは、ナショナリズムの問題。
ソフトロック、スローフード、ビューティフルジャパン・・等々、一連の口当たりのよい形容詞による修飾。これらは原則として、ハード、ファスト、ダーティといった、否定的価値をもつことにより成立するイデオロギ−的構築物としてとらえておく必要がある。そしてそれは、ある現実を隠蔽する。
新しい首相(になる人)の考える日本の「美しさ」がどういうものだかはよく知らないが、この人は、前の首相以上にナショナリストであり、、また、ナショナリズムを戦略的に利用しようとしているようだ。
ナショナリズムは、内部にある対立関係(矛盾)を、内部と外部との対立関係に置換することにより内部の矛盾を無きもののようにしてしまう、きわめて有効なイデオロギーである。
例えば、レッズとアントラーズのサポータでも、日本代表なら一緒に応援するように。
昨日は、渋谷(時に池袋)に形成されていた一つのシーンを支えていた音楽家、Soshi(Sammy)のさよならジャムをみてきました。Soshiくんは、Warwickの5弦ベースでボトムがぶっとくて、安定感の中にスリル、ファンクのなかにロックを奇跡的に共存させるベーシストで、渋谷のジャズ系ジャムバンドシーンのVIPの一人だったと思われ、彼の渡米がシーンに与える損失は口では言い表せないくらい大きいように思われもして残念なのですが、これからのNYでの活躍が楽しみです。
さて、自分のライブ告知。
ハンコックのファンク好きによるハンコックのファンクを演奏するバンド。
2006年9月17日(日)
@立川Crazy Jam
http://www.crazyjam.com/ 6:00open 6:30start
charge1,500円
西多摩ハンターズ
Dai Kasuga (key)
Tatsuto Shiina (b)
Atsushi Hotta (g)
Koji Yagihashi (g)
Yoshikazu Watanabe (ds)
Shimpei Ijichi (ss, ts)
with
G.Y.A.O
儀保努(b)
宮路幸則(g)
青木孝之(ds)
小田朋典(key.)
西多摩ハンターズは2番目で7時半くらいからだと思われます。
ローリング・ストーンズの「 LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」という 1983年のライブ映画をテレビでやっていて観た。
そしたら、ベースのビルワイマンが、miss youというディスコ調のヒット曲で、どうやらベースを弾いてない感じ。音の動きと左手の動きが全然違うじゃないですか。誰かが裏で弾いていると思われるのです。音も妙にクリアだったし。。
多分、他の曲は彼がちゃんと弾いていると思われるのですが、miss youより前の曲はあまりビルワイマンのことを注目していなかったので、もしかしたら他でも弾いてない曲があるかもしれませぬ。まあ、私の見間違いかもですけど。
ビルワイマンは後にストーンズを退団する(後釜はダリル・ジョーンズ)のですが、このライブでもなんだかあんましやる気がなさそうな弾き方をしていて、ちょいと変わった人のようですな。Walのベース(だと思う)を弾いていた。このライブ映画でもっとも印象に残る人物 for meでした。
80年代マイルス論の次は、2002年10月頃に書いた70年代マイルス論を載せてみます(わずかに修正ほどこしてあります)。
興味のある方は読んで頂ければ幸いです。
浮遊する裸の帝王を捕まえろ!
〜70年代マイルス論
1
マイルスはいつ帝王であるか。
人は、王を自ら名乗ることはできない。王になるということは、他者による承認に基づいてのものである以外は茶番である。
人が王であること、それはあくまでも人が彼/彼女をそう認める限りにおいてである。より一般的にいえば、権威や制度とは、他者の承認、コンセンサスのネットワークによって構成される観念的かつ物質的な構築物である。そしてそうした承認による権威や制度は、同時に、沈黙の強制というこのネットワークに不可避の安全装置と一体化してより堅固なものとなる。従って「王様は裸だ!」という声は、このネットワークに包摂されない子供によって叫ばれるのだ、そのとき、人は罪の意識とともに、自らがその中で果たしている承認と隠蔽の儀式をうっすらと認識することになる。
多分、Prestigeレーベルに吹き込まれた一連のティピカルなハードバップ連作及びColumbiaレーベルに映ってからのモードジャズの推進、そしてそれに絡む複数のジャズジャイアントたちの親玉(リーダー)としての地位、この辺の履歴により、マイルスはカエサルとしての資格を得た。さらに、60年代以降に起用した新たな若手ジャズメン達が、これまた新世代の、そして現役のジャズジャイアントになっている今、マイルスは死後の現在に至るまで帝王の地位をほしいままにしているといっても過言ではないだろう。彼のバンドリーダーとしての様々な逸話は、そうした帝王の地位をますます確固たるものとする傍証となるであろうし、チャーリー・パーカーに起用されたへたくそなトランペット奏者としてのマイルス、でさえも、この帝王物語に、序章として美しく回収されるイメージなのだ。
しかしそれでも、誰かが常に王を裸にし続ける必要がある。必要?、その必要に合理的な根拠はなくそれは単に倫理的なものだ。倫理的な(無意識の)主体としての子供であること、これは全ての批評にとって必要な態度かもしれないが、特に、王と呼ばれる人に対する場合はそうだと思う。但し、それは実は王を裸にすることではなく、むしろ王を王にし続けている側を裸にすることであるという意味において。
2
70年代マイルスです。
これ、ここんところ評価されてるわけです。多分それにはそれなりのバックグラウンドがあるでしょう。
まずは、やはり多くの人に70年代的なポピュラー音楽のよさが見直されるようになったということ。特に、70年代が80年代と対立関係におかれて、前者がよりかっこいいものであるとみなされるようになったってこと。90年代のあたまくらいから一般化することですが、生産されるポピュラー音楽に70年代的な意匠を感じさせるものが多くなり、それがその楽曲の肝になっていたりする場合も多い。人の耳が70年代的なものをよしとする傾向が90年代から今に至るまで続いている。
また、CDによる過去のレコードの再発が一般化されたこと、聞ける音源が増えていること、これは音楽好きにとってはたまらないことですね。ほんといろんなタイプのレコードをCDで手に入れることができるようになった。それから、外資系の大きなレコード店の存在も大きい。そこではただでたくさんの音楽が試聴できるし、品揃え的にもすごいものがある。そうした商品流通販売の形態の変化で育ってきたのが、いろんな音楽に通じていて、いろんなサウンドを見分けられて、間口を広くもてるタイプのリスナーなんじゃないかな、と思われます。
もひとつ忘れることができないのは、DJブームですね。レアなものも含めて種々の音源から目的に合わせた選曲を行うこと、これはDJにとって大事な能力の一つだと思うのですが、こうした能力が、DJブームのおかげで一般のリスナーにもどんどん浸透してきたのではないかと思います。様々な音楽を聴き、その音楽をどういう「系」のものかざくっと判断し、自分なりのデータベースに取り入れる(あるいは取り入れない)という聴き方をする力を持つリスナーの数が増えてきたのだと。まあある種のプロフェッショナルな聴き方というか、ジャンル的に細分化してカテゴライズする聴力をもつ人が増えてきたとでもいいましょうか。それこそ80年代と70年代の音を大づかみに聞き分けたり、ソフトロック、フリーソウル、モンド、また癒し系ってのとか、既存のジャンルというよりはより広義でコンセプチュアルな分類の仕方で捉えたり、どんどんたこつぼ的にジャンルが細分化していったクラブ音楽(ダンス音楽)にしっかりついていけるリスナー、クラバーも存在します(もちろん、たこつぼ死守して一歩も外に出ない人もいるだろうけど・・)。
昨今の70年代マイルス評価については、こうした新しいポピュラー音楽の聴き方を実践できる聴き手がたくさん育っている空間を前提とする必要があると思われます。
3
昔は、70年代のマイルスってのは、よく分からない音楽だったんです。ホントに(で、後でも触れるけどひと「ロックの導入」とくくられるのが一般的だったのです。ジャズにロックを導入した、ってまとめると、とりあえずは、なんとなくおさまり良いわけです。)だけど、今の耳で聴くと、それは別に分からない音楽でもなんでもない。確かになんだかぶっきらぼうで、ごわごわしていて、がーがーしていて、まとまり無い部分、かったるい部分等含みこんでたりするのがマイルスの70年代ですが、例えば昔のジャズ好きのおやじが、「こんなのわかんねー、ジャズじゃねー」なんて怖い顔するみたいには、分からなくはないのです、今の人には。
その大きな理由として、上述のようなポピュラー音楽の聴き方をする層が増えてきたってことがあると思うのです。例えばそういう人たちは、マイルスの音楽を、例えば極端なはなし、キャロルキングのアルバムと等価なものとして捉えてそれを種別するという聴き方を会得しているということができると思います(例えば、彼女と聴きたいアルバムとして、キャロルキングの「つづれ折り」とマイルスの「アガルタ」をなんの齟齬もなく一緒に採りあげて語り得るリテラシー(あるいはカルチャー)を有している人たちがいるのだということです)。
しかし、昔の人はそういう聴き方はしなかった。マイルスには40年代からのジャズアーティストとしてのキャリアがあり、過去に彼が演奏した音楽との対比において70年代マイルスが聴かれていた(聴くべきものとされた)。あるいはまた、当時はジャズが一つの自律したジャンルであると捉えられていた傾向が強く(従って、他の音楽との相互関係というよりも、ジャズというジャンルの中での自律したジャズ史みたいなものがたくさん語られる傾向があった[もちろんジャズはジャンルとして自律していないというわけではないですけどね])、その代表的存在であるマイルスがロックを導入するということが、ジャズリスナーにとってはスキャンダルだったといってもいいでしょう。したがって少々誇張していうと、例えばマイルスの電化の意図は一体何なのか?、これはジャズなのか?、といったたぐいの問いが、70年代マイルスの聴き手にとって必須の問題群を構成していたりしたわけなのです。ある人は一生懸命聴いて、そこに自分なりにジャズ的なものを聞き取ることによってかろうじて安心したり、そういうことが不可能であったリスナーは「ジャズは死んだ」とか勝手に宣言して、まあそれはそれなりにまた安心したりするわけです。そんな聴き方してたら、マイルスの音楽は面白いわけがないのですが、まあそういう人が実は、ホントにたくさんいたんです(私はまあ中途半端な世代の人間なので、そういう人がいたということをよく知ってるんですが)。
もちろん、昔だって決してマイルスがジャズの文脈の中で生真面目に聴かれていたばっかりではないとは思います。例えば、村上龍の「シックスティ・ナイン」という小説では、たしかデパガか銀行員のOLだかが、ジャズ喫茶でカーラ・ブレイをリクエストするっていう1969年の風景が描かれている。彼女はどういう聴き方をしていたかは分かりません。しかし、もしかしたらこの女性はジャズの歴史やら芸術性にはさほど通じておらず、ただそういう音楽をジャズ喫茶でリクエストすることが「オシャレ」で「カッコいい」からそうしていただけかもしれないわけです。そこにあるのは、リクエストするならば、サラ・ボーンではダメでカーラ・ブレイ、ソニー・ロリンズではだめでエリック・ドルフィ、ケニー・ドーハムではダメでドン・チェリーなという価値観なわけですね。彼女にとっては、女性であって前衛的で先端的で知的でエキセントリックなジャズ・アーティストであるカーラ・ブレイをリクエストすることに意味があったのだと思われます。 つまり、当時の全ての人が上に書いたような「ジャズとはなんぞや?」みたいな意識を持っていたわけではなく、「いけてる」ものとそうでないものがあったと言うことですね。
しかしそれにしても、やはり、彼女は当時のジャズ的な美意識にとらわれている。彼女の価値観は、「ジャズとはなんぞや?」的な発想と関連している、前衛的でかつ政治的な文化を良しとするような価値観を前提としているわけです。それは、今の状況、全ての音楽をさしあたりは横並びに等価に置きうるという聴き手の聴き方とは異なるわけです。
4
さて、こうした新旧二つの聴き方を、いささか強引に図式的に区別してみると、通時的な聴き方と共時的な聴き方の違いというようなことが言えるかもしれません。今の聴き方にとっては、モダンジャズの発展もへったくれも関係ない。テディ・ウィルソン・トリオの演奏とマイルスの70年代は、通時的発展を前提とするモダンジャズ的価値で図られたりはせず、聴き手の現在の興味において、共時的で交換可能な関係の中で選び取られ、聴かれることになるわけです。もちろんそれはジャズというジャンル内のみならず、複数のジャンルにまたがり、基本的に全ての音源にそれは当てはまる。従って、モーツァルトとモー娘も交換可能であり、グレン・グールドとグレン・ミラーも交換可能、つまり等価な関係に並べ得るということです。
ただ、忘れてはならないのは、今の聴き方が、完全に価値フリーで、価値相対主義で、既存の価値観を全てご破算にしてるわけではないということ(そういう価値フリーな聴き方を完全に達成するということはあり得ないでしょうし、それを望むことも決して好ましいことだとは言えないと思うのですが)、さらには、実は、今の人だって、なんらかの価値観を通して音楽を聴いているにすぎないということです。で、その価値観とは、「70年代」的なものは良しとする価値観であったり、「ソフトロック」的な手触りがよいといった価値観であったり、パワフル一発じゃない付加価値のついた「フリーソウル」な雰囲気をよしとするものであったり、もちろん中には、レアで市場価値が高いアナログレコードをよしとするような価値観もあるだろうし、ふわーっと「癒される」ような価値観をよしとするものであるかもしれないし、「ストリート」的な感じがするものをよしとするものであったり、まあ何でも良いのですが。ともかくそうしたかなり印象的雰囲気重視的な枠組みで音楽をピックアップしていく点が、昔と違うと思うのですが、よく観察してみれば、何らかの価値観(観念)がそうした聴き方からあぶり出されてくると思います。
5
ところで、70年代マイルスがジャズリスナーにとってはスキャンダルだったといいましたが、ではロックのリスナー(主として米国における白人のポピュラー音楽愛好者)にとってはどうだったのでしょうか。それについて詳しい資料を持ってるわけではないのですが、マイルスの音楽が高く評価されたかというと、さほどでもないと思うのです。ちなみに、マイルスは70年代に、サンタナの前座をやっていました。ジャズサイドから見れば、ジャズの帝王マイルスが前座をやっているってこと自体がまあスキャンダルでもありますわな。サンタナはいうまでもなくスーパーロックギタリストでありますが、ジャズを愛好しており、マイルスのBitches Brewコンプリート盤の序言を書いてるくらいの人なわけですが、まあ、当時のロック界(特にビジネス、興行的世界)では、マイルスはそういう扱いなわけです。
じゃあ、ソウルミュージックのリスナー(主として米国における黒人のポピュラーレコード購買層)からはどういう評価を受けていたのでしょうか?これについても詳しい資料をもっていないのですが、やはり高く評価されていたかというと必ずしもそうではないのではないか。もちろん「黒人」音楽家としてのリスペクトを受けていたでしょうけど。たとえば、スライ&ザ・ファミリ―ストーンとかのファンクを意識して作成されたOn the Cornerというアルバム が黒人コミュニティでもてはやされたなどという話を聴いたことないですよね(ちなみに、このレコードはむしろ、一部のマニアックな連中の崇拝の対象となり、後のクラブミュージックの原型の一つを構成したなどとも言われているようです)。
マイルスの70年代の音楽は、ジャズとソウルとロックが一体となっており、それぞれの要素が垣間見られる音楽となっています。しかし、多分それらどのジャンルの音楽を軸とすることによっても、マイルスの70年代の音をうまく言い当てることはできません。当時のジャズリスナーがマイルスの音楽を「ロックの導入」的なニュアンスで捉えた(誤認した、ないしは単純化した)ことにも象徴的に現れていることなのですが、しかしそれが単に「ロックの導入」なのであれば、一体ブラジル人であるアイアートモレイラのプレイは、モータウンのベーシストであるマイケルヘンダーソンのプレイは、英国のジャズベーシストであるデーブホランドのエレキベースは、ソウルジャズの名曲「mercy mercy mercy」を残したジョーザビヌルのエレピは、それらもロックの導入だったのでしょうか、シタール奏者は、テープの編集は・・・それらも単純にロックの導入としてくくってしまうことは出来ないでしょう。確かにマイルスの70年代の音楽はロックのように大音響で演奏され、電気楽器が導入され、ロック的な、ロックコンサート的なものであった。でもそれを単に「ロックの導入」といってすましてしまうことは絶対にできないし、それはまちがいであり、誤解の元であると思ってます。
例えば、マイルスの電化は1968年の「miles in the sky」あたりから始まっており、この音源を聴けば、少なくともこのレコードにおいてマイルスは、ロックというよりはソウルジャズ的なものを取り入れようとしているといえるでしょう。それが電気ギターのジョージ・ベンソンの加入であり、ロン・カーターのフェンダーベースであり、ハービー・ハンコックのエレピなわけですね。もちろん、マイルスが単に当時黒人に受け入れられていたソウルジャズの焼き直しを作るわけがないのですが、でも、ロックではなくソウルジャズを横目に睨んだ音であることは、そんなことは音を聞けば誰にでも分かることである。ロック的な要素はまあ、きわめて希薄です。しかし、マイルスの電化以降をジャズにおける「ロックの導入」みたいに語るという語り口がなぜか許されてしまっているのです。これには断固として抗議しておかなくてはならないのですが・・・・。
まあそれはともかくとして、ともかく、マイルスの70年代の音には(まあ電化以降でもいいですが)ジャズとソウルとロックの要素の一体化が感じられる。しかし、それらのどのジャンルにも所属させることができない、そのどれとも似ていない、なにか過剰な部分がつきまとっていると、私は思います。ジャンルという制度から逃げる要素というか、そういうものがマイルスにはある。だから当時は評価されずらい音楽だったのだとも思うのです。従って、マイルス70年代の音楽を、新しいジャンル、「クロスオーバー」と呼ばれはじめ、後に「フュージョン」と呼び直されるようになるジャンルの嚆矢として位置づけるのはさしあたり正しいように思われもします。しかし、後に大量にこのジャンルのレコードが生産され、確立したジャンルとして定着する頃になると、今度はマイルスの70年代がこのジャンルからどうも乖離して聞こえてしまうというような、不思議な逆転現象も発生することになる。そして、そうした部分が今度は今になって、現代のクラブ音楽っぽかったりする、なんて喧伝されたりもするのですね。
70年代のマイルスはどうも浮遊するのです。
6
マイルスは、70年頃に何枚かのシングルレコード(ドーナツ盤)を出しているようです。マイルスは売れるとでも思っていたのでしょうか、あるいはCBSとの契約の履行上出したみたいなことだったのでしょうか、詳しくは存じません。まあ出す以上は黒人ソウル愛好者層ないしはロックファンを狙ったのかもよくはわかりませんが、しかしシングルは、やはり70年代のいろんなシングル盤チャートをにぎわしていた白人向け黒人向け音楽のどれにも似ていない。
また前述のOn the corner、マイルスはこのアルバムをジャズとしてリリースされるのを嫌ったとかいうような話を聞いたことがあります。ジャケットに黒人の若者が描かれており、スライ&ザ・ファミリ―ストーンなんかをヒップだと感じている一般の黒人若者層をねらったものだと考えられるわけですが、しかし、その音楽にしても、中身を聴いてみれば、ソウルにしろファンクにしろそういう当時の流行りものの一般的な音とは似ていないわけです。
幸か不幸か、必ず売れ線のメインストリームなものから、ジャンルの中心的なものからずれてしまうマイルスの音楽。
しかし、今それが評価されている。
それは、結局のところ、今の耳に、今のリスナーの価値観と齟齬を来さない範囲で、マイルス70年代が評価されているってことなんだと思います。つまりは次のようなことが70年代マイルスの評価について典型的なものだったりするのではないかと。すなわち、70年代のマイルス聴いてみたらなんかめちゃくちゃ今っぽい音があるじゃん全然古くねーじゃんとか、70年代のマイルスの音は評価できるけど80年マイルスはどうも納得いかんなあ、とかみたいなものです。くりかえしますが、私はまあ中途半端な世代の人間なので、そういう人がい今いるということを知っているのです。
そうなると、私のようなマイルス信者はちょっと不安になるのです。つまり、もし今の流行が廃れたら、またマイルス70年代は特段評価を受けない音に、いやむしろ格好悪い音として聴かれさえしまうのではないか、ということなのです。80年代だって70年代だって、マイルスはまあマイルスなのですが、しかし、そうした時代区分によってなんだか良かったり悪かったりされてしまう以上、マイルスの70年代の音楽を通して現在聴かれているのは、実はそこにある70年代性、あるいはより正確に言えば、今の流行の観点から遡及的に評価できるようなサウンドのみである、という最悪の事態さえもあり得るからです。人はマイルスの音楽からそのような何かを消費することができる、でもそれはある意味ではべつの音楽からだって良いわけです。それこそ、もしかしたらキャロルキングからであれ何からであれ。もちろこれは極端な話ですが、まあそういうことです。
結局のところは、他にかけがいの無い何か、代替不可能な何かを持っているから、70年代マイルスが評価されているのか、あるいはそうではなくて、70年代的なものに共通の雰囲気をマイルスの音楽も持っていて、その一つのバリエイションとしての位置づけで評価されているのか、っていうような話になっていってしまうのです。
7
実は、本来私がこの原稿で意図していたことは、今、たいへんかっこよくてわかりやすいマイルスの70年代を再び難しいものとして提示すること、しかしそれは過去のジャズリスナーにとってそうであったようなものとしてではなく、マイルスにみられる代替不可能な何か、浮遊する何かを中心に、マイルスの迷宮をより入り組んだものとして措定しつつそれを言語化して提示してやろうというようなことでした。いささか屈折したマイルス信者の役割を、頑張って果たせないだろうか、と漠然と考えていたのですが、どうやら、そこまで突っ込んだ話に至ることなく、今回は筆を置こうと思っております。
というのも、まず今のところ、70年マイルスは高い評価を得ているのであるから、私ごときが四の五の口をはさむ必要もさしあたりはないということがあります。マイルス70年代は、以前より多くのリスナーによって、一定の「理解」の下で聴かれており、のみならず、上で述べたような新旧ふたつの典型的な聴かれ方ではない、様々な聴かれ方が為されているに違いないからでもあります。私は新しい聴き方を大いに支持するのですが、一時の流行にのっとるような感じでのみ新しい聴き方をするのは、あんまり中身、というか生産性がないんじゃないのかな、という立場でもあります。もちろんまずは流行「いま、マイルス70年代が熱い!」でも何でもいいですが、その手のキャッチフレーズに乗ってみても結構ですが、それでマイルスを終わりにする(消費しちゃう)には、マイルスはあまりにももったいない対象である、ということなのです。
優れたテキストがそうであるように、マイルスの音楽も多様な読みが可能でしょう。そのためには、マイルスを単に帝王の座に置いておかないこと、マイルスを裸にすることが必要であると思います(今の聴き手はそれを行いやすい)。そして、裸にしたって、マイルスはちっとも輝きを失わず、むしろ、より新しい輝きを増すはずです。今必要であるのは、ある意味では今受け入れられているマイルスを疑うことではないかと思い、今回のちっとも70年代マイルス論まで至らなかった70年代マイルスに関するお話を書いた次第。次回は80年代マイルス論なので、70年代マイルス論の本論はいつになるやら・・・。
稲本がガラタサライに入るらしい。
それで思い出したのだが、ドイツ滞在中に、トルコ人の青年と知り合いになった。彼は、ドイツの下位リーグのあるチームに所属するサイドの選手で、ジーコが監督をはじめたフェネルバフチェのファンだった。その彼が、ワールドカップドイツ大会で初得点を挙げた日本代表のフォワードの鈴木選手のことを「利き足が左のフォワード」という言い方で呼んでいたことが印象に残っている。ちなみにそのトルコの青年自身は右利きで、どうやら左利きのがアドバンテージがあるのだというようなことを言っていた。サッカーを実際にやっているやつのものの見方、まず利き足で選手をみるという関心の持ち方、それは、実践のための正しい知識を得るためのものの見方だと思われる。
自分はミュージシャンを見るとき聴くときに、「実践のための正しい知識を得るためのものの見方」をしているだろうか。実践のための正しい知識の体系を構築し得ているだろうか。
実は、人のプレイを見るとき、聴くときの自分の心の持ち方が、最近ちょっと変わってきたように感じている。多分、多少なりとも人に楽器を教えたりしていることが影響しているように思う。
でも、演奏しているときの心の持ち方は特に変わってないのはなぜか(苦笑)。