00年代も早いもんで、もうすぐ2007年ですからね。
00年代ってどういうディケイドだったんだろう。特に文化的に、あるいは音楽的に。
いまんところかなり薄い感じがする。.もちろんポピュラー音楽の話。90年代がかなり濃かったからね。
ことによると、ほとんどなんにも起こらなくて終わってしまうのでは、、、とさえ思う。
俺が知らないだけかもね。あるいは、そもそもマスカルチャー的な音楽的現象ってものが、あり得ない時代になってるのかも。このまま既存のマス音楽産業で全然レコードとか売れなくなって産業構造自体だめになって、ガラポン、なんて面白いかも。もちろんそんなこたあ、あり得ないだろうけど。いや、そのくらいオモロい音楽(パッケージ的に)、刺激的な音楽を聴いてないかんじがするのです。新しく生み出されているを刺激的な音楽として聴かせるための文脈(作り)も貧弱な感じがする。誰か、どうにかしてくれ。
いろんな人に聴いてみても、いま熱中してる音楽って無いかんじがするのです。ほんと、かなりヤバい。なので、ぎゃくに言えばor極論すれば、いまなんかの音楽にはまってる人は、幸せな人か、とんちんかんな人かどっちかってことになるのですw。
こまったね。まあ、私が不感症なだけなのかも、なのですけど。
まあ、そういうネガティブ全開なはなしはさておき、
ネット上の書き込みとかを読んでると、美しい声の持主の書き込みとかって、読んでるとその人の声が頭の中で鳴るので心地よい。いい声、特徴のある声の持主って得(?)だなあ、と思う。声の力。
ライブ告知again:
12月15日(金曜日)
@西荻窪CLOPCLOP
http://www.clopclop.jp/ 椎名達人バンド
椎名達人(B)
森孝人(G)
伊原“ani kki”広志(G)
白根佳尚(D)
¥2000+オーダー
Open:7:00 Start:8:00
12月16日(土曜日)
【SoulGardenVOL.12】@青山JANOJA
http://www.janoja.net/ 椎名達人バンド
椎名達人(b)
森孝人(g)
小森耕造(d)
w/Takeo R&BManufactures
武蔵野ファンク
Charge:ADV 1000円 / DOOR 1200円 (D別)
Open:7:10 Start:7:30
(椎名達人バンド→武蔵野ファンク→Takeo R&BManufactures)
あと、12月17日(日曜日)に立川のクレイジージャムに「ぷろじぇくとえっくす」というバンドで
出演します。
http://www.crazyjam.com/ところで、ポピュラー音楽のできは、ドラムで7割が決まると思っております。ドラムは極めて重要なパートで、ドラマーはクラシック音楽における指揮者のような存在になり得る。ポピュラー音楽においては、間違いなくドラムこそが、音楽を支配する力を最も持ちうる存在なのです。生まれ変わったら、ドラマーになりたいなあ、と思う今日この頃です。結構そう思ってる人って多いんじゃないかな。でもまじめにドラマーやるのって大変だとも思うわけで。。。
なんかとりとめないなあ。。。
iTunesが発表されたのが2001年。音楽の流通の形態が「盤」から「データファイル」に変わってきた分岐点だと思っています。
しかしながらプレイヤーが演奏するという音楽の根本は、大昔から変わっていないと思います。
[2006/12/14 09:37]
さいころ
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大衆音楽の歴史ってキットドラムの歴史とリンクしてるんですよ。面白いくらい。
どっちが先なのかはわからないんですが、音楽が変わる時には、必ずドラム業界(楽器、演奏スタイル)にも大きな変化が起きてます。不思議なもので。
スウィングジャズ登場の時も、ロケンロール登場の時も、ビバップ登場の時も・・・
新しい大衆音楽の発生には、ドラム or ドラマーの大きな変化が必要なのかも知れませんね。
もはや固定化されまくっているキットドラムよりも、パーカッショニストのほうが未来に向けての可能性があるような気がします。
>さいころさま、
なるほど、iTuneの登場に象徴される事態が00年代で最も大きな大衆音楽的現象なのかもしれませんね。
音楽のデータ化は、作り手の側では90年代に既に完成していたといってもいいかもしれません(コンピュータによる製作、サンプリング等)。が、聴き手の側が音楽のデータ化に直面してそれを内在化したのが00年代だということができますね!
ポピュラー音楽は、一定の聴き手大衆があっての音楽だから、聴き手の存在、聴き手の聴き方、聴き手の音楽の捉え方ってのを等閑することはできないと。
>ドッチーD3 さま
90年代のドラムorドラマーの変化に相当するのが、まさに「打ち込み」とか「サンプリング」とかの導入で、音楽のデータ化に関係するものだったということができそうですな。
ドラムの脱中心化というのは面白かも。バスドラとスネアとハイハットのレジームからの脱却、みたいな感じ。たしかにパーカッション的なものに可能性あるかもですね。
[2006/12/14 13:56]
シーナ
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シーナさん、ご存知かも知れませんが、さわらぎ野衣氏の「シュミレーショニズム」は読まれたことありますか?
この本は、ファインアートを志している人にとってはバイブルというか、好き嫌いに関わらず必須の本なのですが、これ音楽とリンクさせて読むと、非常に面白いですよ。
僕が思うに、新しい流れって、まずアートの世界が道しるべをつけて、それに音楽の世界が追従して、わかりやすい表現として定着してゆくという流れがあると思っているんです。これはミロとエリントンの交流などから見ても容易にわかることではありますが・・・。(^^;
このサンプリング等もアートの世界では80年代にサンプリングアートやシュミーレーションという手法が新しく登場していて、それが90年代〜00年代に音楽の流れにつながっているのが非常に興味深いなぁと当時見ていました。例えばマイク・ビドロの「ピカソではない」などは、あまりにも視点がシュールすぎて、当時、美術学校の学生だった僕は「なんじゃこりゃ!」と思ったものです。(笑)
正直、凡人の僕には、その当時は意味も意図も全くわからなかったです。今になって「あぁ、そういうことだったのか・・・」と思えますが・・・。
そんな視点で見てみると・・・
もしかしたら、新しい刺激が見つかるかも知れません・・・。
僕の場合は頭ばかりデカくなってしまっていけませんが・・・。(笑)
ここ最近はツールによる革命はありますが
確かに音楽衰退(でもないけど)って気はします
こう何でもありな時代、やろうと思えば物はなんでも
揃っている時代なのになぜだろうと思うのです
CMでは未だに70、80’の音源が多く使われてるくらいです
リズム体は極論いえばなくてもいいのかもとも思いますが
やっぱグルーブなくしてはならない音楽だと飽和してますね
ようするに人間人生で試行錯誤や試練っていう意味が昔と違うとか
だから結末がいじめや自害になるとか妙ですよ、あまりに
今、自分は一度大酒でもくらい続けて身体のいたる臓器ぶっ壊して
みようとか、どうかとか、そんな気分です(笑)
椹木野衣「シュミレーショニズム ハウス・ミュージックと盗用芸術」は不勉強で読んでないのですが、1991年に出た本のようですね。機会があったら読んでみます。>D3さま(連投大歓迎です!)
で、音楽も含み、そうしたアート等の新しいありかたは、広義の「ポストモダン」、という言葉でカバーすることが出来る一連の諸現象として、捉えることが出来るだろうと思っております。
大衆音楽の場合ユニークなのは、そうした新しい表現のあり方が、どこの馬の骨ともわからないようなやからから出てきて面白くなった点にあるのではないかと思っております。「ストリート」という言葉は一定の留保を必要とするいい加減な概念なんですが、まあ、プッシャーやったりホンビキやったりしてイリーガルこさえない限りは絶対に獲得できないようなお金を使って買った機材によってそのへんのチンピラによって作られたような音楽が、アートの最前線の諸特徴に一致するものだった、というのがちょっと面白い所ではないか、などとも思っております。
音楽の場合、美術におけるコラージュとかの技法は簡単に手作業でできるものではなかったので、比較的安価なサンプラーの出現は大きかったんですよね。
そういう意味では、hirokoさん言うように、これは、「ツールによる革命」という色合いが極めて強い感じがします。
もちろん、サンプラー以前に、昔のディスコ用12インチ盤のように、テープの切り貼りでロングバージョン作っていたようなものもあったんだけど、サンプリング、ループが一般化していったのは、比較的安価なサンプラーの登場以降でしょうな。
音楽の受け手サイドのことを考えると、例えば私がブログで、「はまってる音楽がない」なんて書きましたが、そうではなくて、いま起きているのは、ipodやituneの出現で象徴されるような音楽の聴き方の変化によって、音楽が「はまる」ような対象から決定的に違うものに変わってきていると、もっとゆるい対象に変わってきているということがあるのかも知れないなあ、などと一連の書き込みを読んでそう思いました。
そりゃipodに何千曲もいれてそれをシャッフルモードで聴いていたら、捉え方、感じ方も変わってくるのは当然といえば当然。で受け手のみならず、作り手も実はそうした流れの中にいるわけですな。
昨今、CDが売れなくなっているいわれ、ソニーが洋楽部門をBMGに半分売ったとか、直近では東芝はEMIに音楽部門を売却したとかいろいろあるわけですが、そうした一連の動きの要因として、ポストモダン化、デジタル化とコラージュ的技法の導入とかいろいろ考えられるから面白い。
またとりとめなくなってきたけど、とりあえずちょいと考えなおしました。最近の音楽が面白くないと考えるのはやめにしました。それは、古いモードで音楽を捉えているからだということに気がつきました。「最近の音楽は面白くない」という言辞自体が属している、繰り返されてきた進歩史観、というか変化史観、というか変容史観というか、世代論的感性というか、そういうのを相対化しておいたほうが良いという、まあ、それ自体ありきたりな構図に収まる結論ではあるのですが、さしあたり、ポストモダン(あるいは歴史の終わり)みたいなのをちょいと意識しつつ「音楽を聴く」ということ自体の意味を考え直してみます。書き込んでくれた方々、いろいろ勉強させてもらっえました!!ありがたい。
[2006/12/18 12:33]
シーナ
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iPodもiTunesも毎日使っている僕ですが、シャッフルを使って聴くっていう楽しみ方は、最近あまりしていません。むしろ、普通にアルバムを聴いていますよ。iTunes7にバージョンアップしてからはアートワークの自動ダウンロード機能でジャケットも挿入されるようになったりして、ああ、こんなジャケットだったなぁなんて思い出しながら昔聴いていたアルバムを聴いてみたりなんてことをしています。
そもそも、僕の部屋には立派なオーディオが無いので普通にCDをかけて聴いてもそんなにいい音だって訳でもないのです。それと比較した場合、iPodでカナル式のイヤフォンって組み合わせは、ここにきてかなり真っ当なオーディオシステムになっている気がします。
圧縮音源で高音質を求めるなんてナンセンスだってことも語られまくっていますが、実際使い続けてみて、僕も認識が変わっていまして、やっぱしまともな再生環境で聴くと、つまらない盤だと思っていたアルバムの良さが分かったりといったことがたびたびあって、面白いです。
これだけの高音質をどこにでも持ち出せるってところに、今更ながら感動しています。
とはいえ、そのためにSHUREのE4Cってのはオーバースペックな気もしてますが。E2Cでも十分だったかも。
そして、今年は、二階堂和美というシンガーに巡り会えたことが最高の幸せで、間近でその歌声をJazzなんかをやっているライブハウスで聴けて良かったです。声の力感じます。歌の力感じます。東京にも住んでいたことがあるけれど、今は地元で働きながらとか、勉強をしながらとかしながら活動を続けているミュージシャンたちの音楽が僕の身の回りまで届いてきて、ライブまでやってくれたことは本当幸福です。
今年の僕のベストアルバムです。
二階堂和美『二階堂和美のアルバム』
equrean さん>やっぱしまともな再生環境で聴く
安価なコンポでDCをながら聴きするより、MP3を良いヘッドフォン(イヤフォン)でじっくり聴いた方がじっくり細部まで聴き取れますよね。
移動中(電車の中など)で、普通のヘッドフォンで聴くCDと、ノイズキャンセルのヘッドフォンで聴くmp3どっちがいいかって言ったら、まあ後者になるのは当然ですからね。
mp3は音が悪いからダメっていうようなはなしは、だからちょいと単純すぎるんですな。
これ、単純に音質とかの話にしちゃうと、ハイエンド志向のオーディオマニアからは鼻で笑われるようなレベルの話かもしれないけど、そうではなくて、むしろ音楽の聴き方の問題なんすよね。
カナル式嫌フォンとかノイズキャンセルヘッドフォンと、i-podの組み合わせ。音楽のデータ化、データベース化とインディヴィデュアルなヴァーチャルスペースの組み合わさるイメージ。客観的には価値フリーな代替可能のデータ群、そして究極的な消極的自由の具現化みたいなことになってくる。これではますます音楽売れなくなる、というか音楽がマス現象と交わらなくなってくる、、という気がしてきますw。
また勉強させて頂きました。
[2006/12/28 02:13]
シーナ
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>シーナさん
コメントどうもです。さらに付け加えるなら、現在発売されているポータブルCDプレイヤーのほとんどは音飛び防止用にキャッシュメモリに読み込ませて再生している関係や、長時間再生させるためにMDプレイヤーのように高速読込(一番メモリを食うのはモーターが必要とされるスピンドル部分なので)をする関係で、実は圧縮音源よりもへたするとひどい音質の場合が多々あります。
まぁ、単純に、商品のコストを下げざろうえなくなったので、ダンピングの影響でしょぼいオーディオパーツで組んでいるから、って理由もあります。
つまり、ポータブルCDプレイヤーで再生されたCDの音源ととiPodに記録されたMP3の音を同じヘッドフォンで聞き比べた場合でも、iPodの方が音質が良い場合もありえるのです。
ポータブルCDで再生される音は、この場合リアルタイムエンコードされている圧縮データを拾いながら再生されていると例えても良いわけだし、しかもCDを歩きながらとか電車にゆられながら不安定な回転の中読み取りながらこの行程が行われるわけですから、ポータブルCDの音質が悪くなる要素は結構あります。
だから、ポータブルCDマニアが血眼になって、古くて再生時間も短いし音飛びもする旧型のCD WALKMANをオークションで高い値段で買っていたりってこともあるのです。
CDから音楽を再生したモノが高音質であると単純には言えないです。これは多分カーオーディオにも言えるんじゃないかなぁ。
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