森孝人 

かれこれ10年以上いろいろ一緒に小生の音楽活動につきあっていただいていたギタリストの森孝人氏が、5年(!)のビザ発給により、米国はLAの住人になりました(since last saturday)。あちらではさらにいままで以上の素晴しい人生を歩まれることを祈っております。

森君のギターを初めて聴いたのはまだ彼が早稲田の学生のころで、当時の印象は、デビッドTウォーカーとメセニーとサンタナが楽曲の雰囲気に合わせて交互に出てくるような感じだったです。それで、その三人とも大好きだったので、早速声をかけて自分のバンド的なものを一緒にやってくれないかと頼むと、快く応じてくださったのだと思う。当時はあんまりライブはやらなくて、大学の部室で練習ばっかしてたようなきがするです(つきあってくれて有り難う)。そのうちバンドがフィックスして、90年代の終わり頃から月一で中目黒のクラブでライブをやり始めて、1991年には森君を含むshiinabandというヒップホップジャズバンドでCDも出した(メンツはオガタタケロウ氏、真鍋大度氏、玉野哲司氏)。ドイツに3年滞在した後に日本でちんたらバンド活動始めてからも、かならず森君にはつきあってもらってやっていた。ホントにお世話になりました。有り難う。

森君はジャズでもソウルでもブラジリアンでもレゲエでも、もしそれをホントに気に入ったならば、コアなところをきちんと捉えようとし、そしてそれをきちんと捉えられる力をもっている。でも決して器用でスマートなプレイヤではないんだ。というかスマートなやり方には流れず、常に自分にハードルの高い課題を課しているように見える。ピックで弾けば楽に速く正確なリズムで弾けるににも関わらず、親指弾きにこだわったりするところ、多分それはより音楽のコアに近づきたいからなんだと思う。経済学では費用対効果という言葉がよく使われるけれど、そういう合理性とは違った次元での括弧たる合目的性を森君は保持している。これから新しい環境のなかで森君がどういったギタリストになっていくのか楽しみだな。最初であった頃に森君の中に3人のギタリストを感じた話をしたけど、結局、人生ってのは、いろんな可能性を捨てていくこと、絞る作業なんだと思う。これがうまくいくと、シンプルでよいものになるーそれがどんなにハイブリットな性質やら複雑な性質を持っていたとしても、でもなんかやっぱりシンプルなのだ。森君のギターはスタイル的には既に十分絞り込めている。自分のもとから持っている資質(うたごころ)とぴったりの奏法みたいなものが獲得できたら最高だと思う。いずれにしても、いいプレイヤ達と巡り会って、いい音楽を作っていってくだされ!
[2008/08/20 01:17] gig/session | TB(0) | CM(0)

レコーディング アルバム制作 

○自分のアルバムの録音をした。080604
 メンツは森孝人(g)、天倉正敬(dr)、菱山正太(key)。そのうち音源リリースするので、是非是非ぜひぜひ、聴いてくださいね。

○その録音したスタジオが素晴しかった。
 北池袋のstudio dede。最後eの上にはアクサンが入りますが無くても検索でちゃんと引っかかります。スタンウェイのグランド、ローズにウリッツァーにハモンドにレスリー(もちろん本物)。マイクもプリアンプもバッチリ。オーナーの吉川さんはバークリー出身のドラマ―で、ホスピタリティに溢れておられます。料金も良心的。エンジニアが確保できるのであれば、使わない手は無いです。一発取りでドラムを完全セパレートできるブースがあって、他にもブースが3個利用できる。ギターアンプ用の倉庫みたいなブースまである。まだ挙げて行けばきりがないくらいよいスタジオ。

○武蔵野ファンクのBossとマサがレーベルsoul gardenを立ち上げ、そこからリリースされることになります。soul gardenレーベルの第一弾は、タケオ、マナちゃん&関口くんの「宇宙灯ル」。日本語の歌(!)、そんで彼ら独自の世界観がちゃんと構築されている。something like 「あちゃらの物真似モノ」ではごじゃりませぬ。いやすごいね。
[2008/08/20 01:15] gig/session | TB(0) | CM(0)

クラブ音楽とオタク文化の幸福な結婚 

以下は去年冬のコミケで評論系の同人誌Logical projectに書いた文書。
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Perfumeのおもしろさ
 オタク文化は、ずいぶんと一般化してきていると感じている。ボクのような非オタクがオタク系カルチャーに多少なりとも興味を示し、こうしてコミケ向けの文章書いていたりするってこと自体、一般化の一つの現れだと思う。とんがったものは丸くなるものなのである。そしてそれは、この文章のテーマであるオタクと音楽についていえることだと思う。
 とりあえず、オタクの一般化とクラブ系音楽の一般化、この二つの一般化の接点に、中田ヤスタカ氏によるPerfumeの楽曲群が存在すると言い切ってしまおう。Daft Punkあたりを思わせるバスドラ4つ打ちのハウスっぽいテクノ、ピッチ自動修正ソフトやボコーダーを利用したボーカル音声処理(「ボーカロイド」化)、日本語の英語化みたいものを目指したようなJ-popとはちがって、けっこう単純な8分音符のリズム割りで歌詞を歌にのせていく感じ、アイドルグループ歌謡...。Perfumueの楽曲群が示す特徴を思いつくままに列記してみたが、ボク的に特に強調しておきたいのは、クラブ音楽としての高いクオリティ、つまりクラブ系の音楽を聴いてきた人間が「おっ!」と思う音楽的要素と、オタク系の萌え要素が見事にマリアージュした音楽になっているという点である。
 Perfumeのプロデューサーである中田ヤスタカという人は、もともと音楽的にはいわゆる「渋谷系」の系譜に位置づけられるタイプの人のようである。それは彼自身のユニットcapsuleのサウンドを聴いた方がわかりやすいだろう。渋谷系っていうのは、欧米のクラブ系の音楽を高いレベルで消化してアウトプットしていく試みの商業的成功例みたいなもの。もっとも最近のJ-popはかなり高い割合で、クラブっぽい意匠をちりばめた曲作りになっており、それはつまりクラブ音楽的要素のマスマーケットへの導入、まさにクラブ音楽の一般化なのであるが、Perfumeで特徴的なのは、バックのサウンドが、ジャンル的要素のハイブリットなてんこ盛り―J-popジャンルによく見られるような―にはなっていない点にあると思うのだ。一般的なよくあるJ-popのようで、なんか本質的に違うものがる、これがボクのPerfumeに対する直感的な理解だ。それは、すっきりとした欧州テクノ系、しかもDaft PunkやUnder Worldといったメジャー目のものあたりと同一ジャンルとして捉えることが可能なサウンドなのだ。
 もちろん、バックのサウンドのみならず、ボーカロイド的音声処理も、欧州テクノ系の意匠であり、このボーカロイド音声のアイドル歌謡的導入が、Perfumeにおける「萌え」を構成するための重要な仕掛けにもなっている点は極めて重要である。これこそが、オタク的嗜好とクラブ音楽との幸福なマリアージュを生み出すための最大のポイントであることは間違いないだろう。オタク的な「萌え」要素が、うまく欧州テクノ系の意匠と合致して、高いクオリティを獲得した形態、それがPerfumeの音楽。

 ところで、クラブ音楽といってもいろいろあるわけである。一つだけ指摘したいのは――これは私の実感なのだが――日本の90年代のクラブ音楽には、avex的なものとそうでないものの間の切断面が構成されていたということだ、avex系のキーワードを挙げてみよう。ジュリアナ東京、ユーロビート、ユーロビートやユーロテクノ、パラパラ、小室系等々。メディアにも「若者風俗」として多いに取り上げられた、どちらかというとオーバーグラウンドなクラブ文化であり、小室系に代表されるようにJ-popとの親和性も高かった。一方で、テクノであれハウスであれヒップホップであれ、よりアンダーグラウンド志向な種々の「たこつぼ」も様々に存在し、それらは多くの場合、avex的なものをネガティブにみていたと思う。しかし、そうしたオーバーグラウンド/アンダーグラウンドの区別自体がどうでもよくなってしまうほどに、クラブ系の音楽の持つインパクトが失われてくっていうのが2000年代の傾向だ。クラブ音楽的な意匠の持つある種の特殊性は、j-popに様々に取り入れられることによって、一般化してしまうのだ。日本におけるクラブ音楽の一般化、それはまさにavex的な手法、すなわちクラブ音楽的な魅力をマスマーケットに移入する手法、の一般化といえるのかもしれない。
 しかし、Perfumeの面白さは、クラブ音楽的意匠のJ-pop的取り入れといった一般化の方向性とは異なり、むしろ、クラブ音楽へのJ-pop的意匠の取り入れとして聴くことができる内容になっている点―あるいはJ-pop的意匠の取り入れというよりは、オタク的意匠の取り入れといったほうがよい―にあるのだ。より正確は、クラブ音楽へのオタク的意匠の取り入れによってJ-pop商品として成立せしめた点にあるのであり、これがPerfumeの音楽の面白さだということが出来るかもしれない。

ボーカロイドもの
 ところで、Perfumeのみならず、一つの傾向として、ボーカロイド音声のアイドル歌謡的導入はオタクの世界に一つのトレンドを形成しているといってよいだろう。アイマスや初音ミク、そしてPerfumeといった萌え要素の諸素材を組み合わせたヴァーチャルなアイドルものマッドムービーがニコニコ動画に多数アップされているのは、非常に興味深い現象だ。実はボクがPerfumeの楽曲を面白いと思ったのは、アイマス(アイドル・マスター)の ヴァーチャルなアニメ絵のアイドルのダンスにPerfumeの楽曲をシンクロさせて重ねられているのを観たのがきっかけだ。それは例えば声優系の肉声で歌われる楽曲を用いて作られたマッドムービーよりも、よりヴァーチャルさが際立ち、ヴァーチャルなアイドル達は彼女達にふさわしい「肉声」を獲得したかのようであり、それによって全体として独自の世界観を完成させているように思えたのだ。ともかく、声優のロリ声はオタク系の萌えの重要な要素のようなのだが、2次元、あるいは3D的世界におけるアイドルにふさわしいのはボーカロイド音声ではないかと思われるのである。その意味では、初音ミクがアイマスばりに踊ってるようなマッドムービーがあったら是非観てみたいものであるのだが...。
 もっとも、ボーカロイド的音声のアイドル歌謡的導入は、オタク萌えの触媒であるが、一方、クラブ系からみるとどうだろう?例えばハウスミュージックには、ディーバもの等と呼ばれるような、強力な歌唱力をもった女性ボーカルが歌いまくる作品が多く生産されていた。ボーカロイドもの、特に少女ボイスの高いクオリティをもった作品が、一定のボリューム存在するようになったら、それなりに面白いなあと思う。作品のクオリティが高ければ、多分オリジナリティをもったジャンルとして世界的に認知されることになるんじゃないかな、なんて、なかば希望的観測であるが思ったりもするのである。

オタク文化とクラブ音楽の軋轢と一般化
 5年前に発行されたLogical Projectのvol.6では、「オタク×音楽」という特集が組まれており、アニソン、ナードコア、コスプレダンパ、エロゲーへの音楽供給者であるI’veが取り上げられていた。オタク文化にわずかながらであるが触れだしたのがこの1年余りというボクが、それらの記事のなかで非常に興味深く感じたのは、「オタクカルチャー」と、好きなアニメやゲームの素材を利用したりするクラブ音楽との間にある「容易ならざる軋轢」の存在を指摘した、せざきあつひろ氏の文章である(『ナードコアの創成期(クラブ・カルチャーが幸せだったあの頃のこと)〜またはオタク音楽と以て非なるもの〜』)。オタク文化とクラブ文化の間にある断絶のようなもの、あるいは両者の食い合わせの悪さみたいなものは、私も実感として感じていたものだ。オタクによる音楽嗜好においては、音楽的要素は実はセカンダリーマターではないのか。オタクは、アニメに関連する音楽のみを嗜好するのであり、「アニメ」という検索タグに引っかからない音楽は、基本的には聴取や評価の対象にならないのではないか。音楽の一要素としてオタク的要素を位置づける姿勢、一方で、オタク的嗜好対象の一要素としての音楽を位置づける姿勢、この二つの姿勢の違いをどう考えればよいか。
 例えば、モダンからポストモダンへの移行にともない、伝統的な価値のヒエラルキーは相対化され、諸価値が等価的に連鎖しているような価値システムが一般化していく(あるいはべきである)といった議論がある。音楽でいえば、例えばモー娘はモーツアルトと等価だし、アイマスとアイヴスだって等価という世界。そうした価値システムにおいては、アニメ関連音楽とオタク的要素を持ったクラブ音楽も、等価ということになるだろう。しかし実は、人はそれぞれ、そうした等価性の原則に対し大きな違和感を持つものだ。人はそれぞれ別々の「小さな物語」(個人的嗜好)に依拠しているのだ。
 等価な価値体系を体現するものとしてiPodのシャッフル機能を挙げることができるだろう。楽曲はランダムにHDから選びだされ等価なものとして連鎖的に聴き手に提供されるのである。しかし、問題なのはHDの中に入っている全ての音楽によって構成される全体性が、それぞれのiPodによって異なるという点だ。iPodを持つ人はそれぞれHDに入れている曲が違うのだから。データそれぞれが等価であるとしても、データベースの内容が異なれば、自ずと違った物語が生み出されるのだ――データの集め方が物語を生み出し、生み出された物語によりまたデータの集積が再構成(取捨選択等)されていくという循環。そうしたデータベース毎の差異が示唆するのは、等価性の連鎖ではなく、ある全体性においては常に、特定の契機の優位が常に存在するということだ。

 オタクの一般化やクラブ音楽の一般化は明らかな傾向であると思われる。一般化というのは、それぞれのデータベースの内容が同じようなものになっていくこと、そしてそうしたデータベースをより多数の人が持つようになるということを意味するものだと思われる。実はそうした一般化の傾向のなかで、ボクのようなやつも、こうしてこういう文章を書いているわけだし、Perfumeのような音楽も生まれたんだと思う。諸要素はそれぞれいろんなコンテクストのなかで結合し、いろんなものを生み出して行く。しかしオタク的なものとクラブ音楽的なものとの種差性というか、それぞれのコアなもの、それぞれの全体性における特定の契機の優位というものは喪失されてほしくないし、また一般化によってそれが希薄化してほしくもないと思うのだ。そういう意味では、5年前にせざき氏が感じた「軋轢」みたいなものは、もしそれが無くなったとしたら、それは一般化の進行によりそれぞれのジャンルのオリジナリティが失われてしまう時が到来したのだ、ということを意味するものなのかもしれない、などと思うのである。

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今読むと、自分で違和感を感じる部分が無くもないのだが--主旨に関する部分についても--さらしてみます。
[2008/08/20 01:12] music in general | TB(0) | CM(0)

ジャンル的オリジナリティ 

日本にはいろんな表現形態の諸ジャンルがあって、ここでは主としてポピュラーカルチャーというかサブカルチャーというかそういうものについて考えてみると、オリジナリティがあるジャンルって少ないなあ、としみじみ思う。

アニメやマンガは、主として海外の諸シーンとはほぼ関係なく、日本国内のシーンにおいて新しい物が生み出されて行くという非常に日本オリジナルな表現形態だと思う。それに比べると、音楽は、まあほとんどが外の(主として米国の)音楽を参照して作られている側面を持っている。

もちろん日本のJ-popの特徴はそもそもハイブリット(異種混合)感にあるわけで、海外(主として米国)で流行している意匠を採用して(パクって)組み立てられているという側面をほとんどの作品が持っている。

アニメやマンガは、それを成立させるための意匠を海外に求めるということは例外的であるように思える数少ないジャンルであると思われる。アニメやマンガのクリエーターは、海外の動向等についていっさい気にする必要がない、珍しいジャンルの住人なのである。

きわめてドメスティックなこれらのジャンルは、ハイブリッドなどといういい加減な用語(どうにでも解釈できる都合の良い言葉)を必要とせず、ジャンルとしてのオリジナリティを常に保持しうる、すなわち高度に自立したジャンルなのである。

小生のメインフィールドである音楽(ポピュラー音楽)は、言うまでもなく、その時代時代の海外での流行を常に取り入れることによって、新しいタイプの音楽を作りだしていた。Without using musical ideas produced in foreign countries (espacially US) , We can not do anything in japanese popular music field.てなわけなんである。

そうした状況を克服する方法は多分3つある。
1 例のハイブリッド性こそ日本のオリジナリティと考える
2 日本オリジナルといった問題などはまったく意味のないものと考える。
3 日本のマーケット云々ではなく、世界的に成功する余地のあるインターナショナルなコンテンツ制作を模索する。

(追記)
アニメやマンガは日本オリジナルな表現形態と書きましたが、実際のところは、米国(ディズニー等)をルーツにするという側面が多分にあります。例えば初期の手塚治虫のマンガとか参照すれば、それは一目瞭然です。

但し、現状では、そうした起源としての外国性の痕跡は既に埋もれてしまっており、オタクなどと呼ばれる愛好家達を中心に、海外の類似表現形態を参照したり依存したりすることなく、自律したかたちで、あるいは閉じたかたちで、新たな作品を生産(再生産)可能な比較的大規模な装置が構築されているわけです。

この装置は、いまや夏と冬には50万超のオタク達が参加する規模になったコミケに出店される同人誌、商業出版社が発行する雑誌や単行本、ジブリのような大手の劇場用アニメ、民放深夜枠で複数放映されているアニメ、それらのyoutubeやニコ動等への無断アップ、エロゲーや美少女ゲーム、ライトノベル等にいたるまで、種々のアウトプットチャンネルを兼ね備え、ボトムアップ的でもあればトップダウン的でもある、なかなかそれなりに充実した内容をもってるわけですな(ちなみにその装置の地理的中心が秋葉原)。

で、アウトプットを構成する諸要素、諸意匠(もちろん萌え要素とかツンデレとか戦闘美少女とかも含まれる)のほとんど全てが、基本的にはこの装置の枠内で様々に物語られることにより醸成された自前のものであるとことが、この装置の大きな特徴となっていると思うわけであります。

[2008/08/20 01:09] various | TB(0) | CM(0)

ダイレクトボックス 

アギラーとアヴァロンを弾き比べる機会あり(この機会についての詳細は後でまた書きます)。

あまりの違いに愕然。

アヴァロンは、ガチガチのいわゆるアクティブサウンド。小生の66年フェンダープレベもあんな音になるのね、って感じにregulateされる(ちなみにつまみが付いていて、一番左にしてました)。

アギラーはそれに比べるとナチュラルな感じがした。

小生的には後者が好きです。ちょっと欲しくなりました。

で、いずれにせよレコーディングは、良いパッシブの楽器、よいDIやプリアンプの組み合わせに1票。音楽のタイプでいろいろ使いわければ使い分ければいいということですな。
[2008/08/20 01:05] instrument/play | TB(0) | CM(0)

bet. 御徒町 & 上野 Blues Jam (080605) 

KEN777氏推薦の、到着30メートル前からブルースが聴こえてくるという防音対策的に大変恵れた上野ドゥービーズ のブルースセッション。ちょっと海外のゆるいライブハウス的な雰囲気を感じる空間ですな。

ドッチ−d3氏とは超ひさしぶり。どうやら城東地域で濃いブルースシーンが展開されているようです。

利用した楽器はフェルナンデスの置きベース。ちゃちっぽさが漂う一品でしたが、そんなもんは関係なし、大変楽しく演奏できました。
[2008/08/20 01:03] gig/session | TB(0) | CM(0)

演奏時の心持ち 

自分はどういう心持ちで演奏してんのか。

緊張感:
 たまに結構緊張することがある。大体、人に自分の演奏をよく思われたいと過剰に思っちゃうと緊張する。緊張すると人によく思われるような演奏ができない可能性が明らかに高くなる。なので緊張って、馬鹿げてるんだよね。人間って面白くできてる。
 緊張感を楽しめるようになればいいんだ、とよく言われますが、それはまあ原則そのとおりだと思う。但し、緊張しながらプレイしてる自分と、その緊張を楽しんでる自分との関係が閉じていたら、結局、緊張しておろおろしながら演奏してる場合とさほどかわらない気がする。

イメージする:
 20代の頃は、アイドルだったベーシストのプレイをイメージして演奏してたりもしたけど、これは馬鹿げてたなあ、と思う。今はそういった心持ち(誰かのプレイをイメージして弾くこと)で演奏する事はあんまり無い。自分にとっての理想のプレイとプレイする自分との関係が閉じてるのは良くないと思われる。自分の中のイメージに拘泥するより、その場で生まれている音を捉え注目するほうが重要であると思われる。

但し、ホントにあるベーシストそっくりに弾けるようになったり、いろんなベーシストのスタイルを使い分けて弾けるようになったりしたら、それはそれで評価すべき事だとは思う。

聴く事:
 もちろん、まずドラムを聴いてる感じ。しかし実は集中して聴いているというより、前意識的に聴いている場合が多いような気がする。小生の場合、フロントにからみたいという気持ちが強いため、ドラムを聴く事がおろそかになってる場合さえあるような気がする(これは良くないことだと思う)。

考える:
 好きなタイプのドラマーと一緒だと、パターンとかフレージングとかのことを中心に考えながら弾いてるけど、そうではない場合は、どうやって合わせればいいのか、というようなこと(グルーブ関係)を演奏中考えている。そんでまあ、結局合わないで終わってしまうわけで、ならばそんな事を演奏中に考える必要はもしかしたら無いのかもしれない。

読む:
 譜面がある場合は、追っかけなくては行けないので面倒である。演奏中にいろんなアプローチをしたくなって、実際してしまうタイプなので、そうすると、ついつい構成等をロストしたりすることが多くなる。ちょっと前までは、ロスト大王だったと思う(自分で作ったアレンジ・構成でさえ自分でロストしてた)が、最近は前よりはましになったとは思う。

但し、ロストのリスクをおって攻めるか、攻めずに守りの演奏するか、のトレードオフってわけでもないように思われる。
[2008/08/20 01:00] instrument/play | TB(0) | CM(0)

エレクトリック・ベースとタッチ 

エレキベースとタッチの関係はなかなか興味深くて、いろいろ考えるところがあるです。

例えば、リチャードボナは、(多分)アクティブの楽器で、超弦高低めで、なでるようなタッチで弾くといわれております。ほんとに微妙なタッチでコントロールしてるわけです。曲が盛り上がっても、回りの音が大きくなっても、力任せに弾くことは絶対あり得ない。ちょっとでも強く弾くと、一般的な振動を弦に与えられなくなってしまう(この場合、ちょっと強く弾くとスラッピングみたいなことに鳴ってしまうということ)わけです。

必要最小限度の振動でしっかりした音を出すためには、(多分)適切なアクティブサーキットをベースに搭載することが必要条件になるのではないかと思われます。また非常に微妙なコントロールが必要なので、暴れない楽器のが都合がよい。

ボナの例はまあ極端な例(逆にタッチコントロール難しくなる)ですが、一般に最近のエレベの楽器としてのコンセプトの大きな流れとしては、そんな感じなんじゃないかな、と思われるのです。エレベはもちろん電気楽器なので、小さな信号でも適切に(いい音にして)増幅してやれば、オッケーだし、ダイナミックレンジが広すぎないこと(暴れないこと)は、必ずしもグルーブを殺すことにはならないし(ポピュラー音楽におけるコンプの多用)、理にかなっているのかもしれません。

誤解なきよう付け加えますが、暴れないからタッチコントロールが楽とか、そう言うことは全然なくて、ボナが多分そうであるように、より繊細なタッチが必要なのは、実はアクティブで暴れない(あと弦高が低い)楽器であろうと思われます。実際アクティブ臭い音でごりごりと感情任せに弾くくらいカッチョ悪いプレイはないようにも思われるす。パッシブでは「味」になるプレイが、アクティブでは醜悪な感じになってしまうようなことが結構ある気がするです。

いずれにせよ、自分が出したいサウンドに、どういった楽器が合っているのか、その楽器を使ってどういうような演奏を心がけたら良いのかをイメージして、それをしっかりと実践していくってのが大事っすな。→一般的な物言い過ぎて、ほとんど意味を成してないですが(御免)。
[2008/08/20 00:59] instrument/play | TB(0) | CM(0)

アクティブの楽器 

アクティブの楽器をどう弾けばいいのか、というのが小生的にはムズいっす。

よくライブな音響のライブハウス等で感じるのですが、アクティブの楽器のが音が整理されているのでーーよくアクティブはお化粧された音というような言い方されることがあるけど、お化粧というよりは、regulateされているというようなイメージをもっていますーー音程が聴き取り易いというか、芯のある音に聴こえます。

パッシブの楽器は音がレギュレートされてないので、ある意味発音される音のなかに要らない成分が含まれてる、あるいは必要な成分が強調されていない感じがします。

パッシブは「鳴らすのが難しい」と言う人もいます。これが具体的にどういう意味合いかは分からないけど、アクティブでは楽にでてくるような必要だと思う音の成分が、パッシブでは出てこない歯痒さみたいなのがあるというような感じではないかと思われます。

また、アクティブとパッシブとは関係なく、暴れる楽器と暴れない楽器があって、フェンダー製の楽器は作りがいい加減なのか結構暴れるので、暴れない楽器(工房系でしっかり作られてる楽器とかに多く、アクティブが多い)との違いを感じることもあります。
[2008/08/20 00:56] instrument/play | TB(0) | CM(0)

人の楽器はむずいが面白い 

最近よく手ぶらでジャムセッションに行っております。自分の楽器のが慣れていて弾き易くてしっくりくるに決まってるのですが、重くて腰が痛くなるし、帰りの電車は混んでるしで、ジャムセッションはほぼ手ぶらで済ませてしまっております。良く行く箱にベースが置いてあったり、ホストの方が貸してくれたりで、なんとかなっております(有り難うございます)。

しかし、自分のでは無い楽器を弾くというのはホント難しいですな。もしかしたら、第三者的な耳で聴いたら別におんなじじゃん、っていうような感じなのかもしれませんのですが、でも弾いてる本人は難しいなあ、なんか違うなあ、と思って弾いているものなのであります。

楽器に慣れるまでにはある程度の時間がかかります。例えば自分が持っているベースでさえも、しばらく弾いてなかった楽器だと、ブランクが長ければ長いほど、慣れるまで時間がかかってしまいます。

でも、自分の楽器以外のいろんな楽器に触れられるという点は、自分にとってジャムセッションの意味の一つだなあ、などとも思います。

最近だと、
YANMOさんのフジゲンのジャズべの5弦withフラットワウンド
しんじゅのサドNYCのジャズベ5弦
みーたんさんのジャズべ4弦(あれはどこの楽器だったんだろう、ヘッドにロゴが無かったです)
よっしーくんのフェンダーのジャズベ(4弦)

あたりを弾かせてもらいました。みんなそれぞれ特徴があって面白いです。YANMOさんフジゲンはフラットワウンドだし渋くまとまっている感じではあるのですが1弦の中程のポジションがバズ気味っていうのかなーーYANMOさんはあれを美味く演奏の表現に取り入てる感じなんだけどーーなかなかのくせ者楽器でしたfor me。サドNYCはともかく図太くブーミーな感じ(楽器は非常に軽いし、一見さんでも弾きやすい)。みーたんさんのジャズべ(これパッシブですよね、、自信なさげ)は表現の幅が広い楽器なのではという印象(非常に重い!)。よっしーくんジャズベは弦のテンション感が強くて、小生にはかなり弾きづらい感じだったのですが、2回ほど弾かせてもらって慣れてきました。

といったように、いろいろあって面白いです。弾かせてくださったベーシストのみなさま、ほんと有り難うございます。小生も自分がホスト参加のセッションのときには自分の楽器を持って参りますので、興味のあるかたは是非弾いてやってくだされ。プレベのフラットワウンドな感じです。
[2008/08/20 00:51] instrument/play | TB(0) | CM(0)

ライブ告知6/1@西荻clopclop 

お誘いを受け、こんなのに参加します。ライブって誘われるとうれしいですね〜。

6月1日(日曜日)
西荻窪clopclop
『小野アイカセッション』
 小野アイカ (Gt)、中村昌幸(Gt)、椎名達人(b) 吉原‘ありんす’亜矢子(Dr)
¥2000+オーダーオープン19:00 スタート20:00 

アイカさんは、多分東京で最高の女性ブルースギタリストなんではないかと思われます(ブルースばっかじゃないですけど)。中村さんとは初めてですが、バークレー出身でギターの先生やってるとのこと。どんなことにになるんでしょうか、たのしみであります。
[2008/05/30 19:53] gig/session | TB(0) | CM(0)

フェイバリットプレイヤ 

ベーシストだとミシェル、ドラマーだとスティーブジョーダンていうフェイバリットミュージシャンのパターン、どうなんでしょうか…?

フェイバリットは?という質問に対する回答でこの二人の固有名詞がでることが非常に多いのです。どうも、あまりにティピカルすぎるんじゃないの意味合いで言ってます。答える本人に自覚はなくとも、あまりにステレオタイプになってる、という意味あいですです。

もちろん、カッコいいものはかっこいいんだ、おおきなお世話じゃん、という反論は当然です(小生自身、ミシェルもスティーブは好きだし)。

しかし、あまりにもベーシストとドラマーがこの二つの固有名詞を口走るということに、違和感を感じるわけです。ミュージシャンってもうちょっと天の邪鬼じゃなかったの?一応個性が重んじられる世界でしょ。みたいな意味合い。

スティーブジョーダンは、嫌いなドラマーじゃないんです。むしろ好きなドラマーで、スティーブ・カーンというギタリストのアイ・ウイットネスというバンドに在籍していたときのアンソニー・ジャクソンとのリズム体にはしびれてました。

70年代後半はガッド系フュージョンドラマー、その後はスライ・ダンパーからの影響とかもはっきり見えるようなプレイもあったりで、そのあとリンゴ・スターがかっこいいとか言い出して、スネアがハイピッチになったりといろいろあって、スティーブジョーダンは、クレバーな「スタイリスト」という感じがします。

ミシェルは、嫌いなわけが無いわけです。エレクトリックベース弾く人間でファンクと呼ばれるような音楽を嗜好するならば、ミシェルに一目置かざるを得ないというのはあまりにも自明なことだし、ベースプレイヤとしてみると、ポールジャクソンあたりにルーツが求められるであろうフレージングや、レイドバックの感覚にはほんとに目を見張るかっこよさがあると思ってます。

でもさ、俺だったら、すきなベーシストは、って聞かれたら、ミシェルとは言わんな。(生をみたら変わるかな、、、、)

ちゅうか、フェイバリットプレイヤを聞くと、この二人の名前をだす人がほんと多いっていうイメージがあるので(ここ3年くらい)、酔った勢いで要らんことを口走ってみたわけです。気分害した方はゴメンね。

じゃあてめえがフェイバリット誰だと聞かれたときになんと答えるんだよ、と言われたら、最近は、「昔はジャコがフェイバリットだった」と答えることが多いです。直接フェイバリットを述べることは避けたりしてます。あるいはジェマーソンとかポールジャクソンとかアンソニージャクソンとか,そのへんの「大きな名前」を答えてます。 あと、チャーリー・ヘイデン。
[2008/05/30 19:50] music in general | TB(0) | CM(0)

jam SESSION 5/6@GOLDEN EGG 

連休最後にたのしくやりましょう。

新宿歌舞伎町golden egg

for PC
http://www.g-egg.info/top.html

for ケータイ
http://www.g-egg.info/mobile/index.html

open 19:00
start 19:30
charge 1000円 + 1drink500円
椎名達人(B)
堀田篤(G)
黒田慎一郎(D)

(追記)
演奏された曲は以下の通りです(全20曲)。

so what(ミディアム ファンク)
Night in Tunisia (ファスト ファンク)
Chameleon(ベリーファスト ファンク)
Chicken(ミディアム ファンク)
Blues(ミディアム ファスト スイング)
Chameleon(スロー ファンクバラード、メローなリハモバージョン)
Close to me(ミディアム ファンク)
Cantaloupe island(ミディアム ファンク)
Funk in Dm(ファスト ファンク、ラテン)
ペーパー・ドール(ミディアム、ファンク)
Blues(ミディアム スイング)
What's goin' on (ミディアム ファンク)
Feel like makin' love(ミディアム ファンク)
Kiss(ミディアム ファンク)
Stand by me(ミディアム ロック)
Loving you was like a party(ミディアムスロー ファンク)
Isn't she lovely(ミディアム ファンク ラテン)
Soul power ??(ミディアム セカンドライン)
Blues(ミディアムスロー スイング)
Always there(ミディアムスロー ファンク)

素晴らしいミュージシャンがたくさん来てくれて、またいい感じのセッションになりました。有り難う!
[2008/05/10 01:36] gig/session | TB(0) | CM(0)

ライブの告知(4月6日:日曜日) 

4月6日(日曜日)に西荻窪のclopclopというミュージックバーにてライブをやります。

場所は、西荻窪 clopclopです。

メンツ等は以下の通り:

椎名達人(b)
森 孝人(g)
阿部義徳(p)
数井 塁(d)
¥2000+オーダー 
オープン19:00 スタート20:00

やりそうな曲
evidence(Theronious Monk)
shit, dam, motherfucker(D' angelo)
50ways to leave love(Paul Simon)
here there everywhere(Beatles)
seven steps to heaven(Miles Davis)
red clay(Freddie Hubbard)
sudden samba(Larsen=Feiton) 
I love you porgy(Gershwin)

よい音楽を作るようがんばります。
是非来てください!

[2008/04/01 17:17] gig/session | TB(0) | CM(0)

続 勝ち負け 

ちゅうわけで前の記事の続、「勝ち組」「負け組」ですが、これはいうまでもなく経済的な価値尺度ではかられることになる競争の結果の勝敗なわけですわな。

残念ながら地球全土を資本主義という妖怪が徘徊しているために、経済的な価値尺度で計らざるを得ないわけですわな。

そういうわけで、以下例え話ですが、上海の日本企業の下請け工場で働いていたけど失業中の農村出身労働者と、家庭が父親不在で崩壊にいたったその日本企業の日本本社で働いていた中間管理職はともに「負け組」というに値すると思うわけですわな。

多分失業したその農村出身労働者君は、上海の金持ちやらと同時に日本をそして日本人を憎むわけですわな。そして日本の中間管理職君は中国はチベットを抑圧するわ食べ物には農薬を混ぜるわでとんでもない国だし奴らだと思うわけですわな。

ともにある意味被害者「負け組」軍団の一員なんだけど、憎み合ったり、嫌い合ったりするんですわな。

ケイト・ブランシェット、ブラピ、菊地凛子、役所広司出演の「バベル」って映画が、一丁のライフルを巡ってのグローバルな連鎖関係のお話なのですが、そんな映画を上のような、負け組ともに憎み合い、みたいな話で撮ってほしいと思ったですわ。

[2008/03/25 14:07] various | TB(0) | CM(0)

勝ち負け 

「勝ち組」とか「負け組」という言葉が流行ったのは、高度成長が終わって、「勝負」がゼロサムゲームになったからなんですわな。

高度成長時代は、パイ(冨)がどんどこどんどこ増えていくから負ける人がほとんど出ない世の中で、そういうわけで、一億総白痴化、ではなくて、一億総中流時代などとも言われていたわけですわな。

ところが失われた10年を経て、ゲームは完全にゼロサムベースになった。こうなると、自由競争は確実に「勝ち組」と「負け組」をきっぱりと生むわけですわな。

こうなると、共同体(国民国家ですわな)の構成員(国民ですわな)が保有する(と想定される)平等性というものをいかに考えるか、という問題が表面化するわけですわな(してないかも[苦笑])。

しかし、このグローバル化のご時勢、勝ち組負け組は単純に単一国家ベースで云々できないのでして、いろいろ複雑なのでほんと困ります。

[2008/03/25 14:05] various | TB(0) | CM(0)

フルトヴェングラー 1942年4月19日 

フルトヴェングラーとゲッペルスとハーケンクロイツ

http://jp.youtube.com/watch?v=Yqff1F0Ijn0&feature=related

演奏素晴らしく、映像はショック。

結構フルトヴェンエリアンなのですが、ああやって、絵があって、鉤十字やらナチの高官やらがでてくると、CD聴いてるときのように純音楽だけに集中できなくて気持ちがざわざわしてしまいますな。しかし、それだけ時代を映す映像の力ってのはすごいってことなんですよね。

フルヴェン第9だと、50年代のバイロイト音楽祭が名盤として誉れ高いのですが、小生的にはバイロイトは4楽章がダメなんです。最後はなんだかお祭り的になってどうもフォーカスされない演奏になっちゃってるような気がする。でも、このゲッペルスのいた演奏会の4楽章はかなり良さげに聴こえるです。これ、CDになってるのかな。さがしてみよう。

と思って早速ぐぐってみると、おりますな、好事家が。日本フルトヴェングラー協会!

「フルトヴェングラー資料室 1942-5」
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/

3月録音か4月録音か、、それが問題である。ってことのようです。詳しくは上記リンク先に。


そうそう、ナチ時代のドイツのフルヴェンとカラヤンのことを中心に書かれた新書『カラヤンとフルトヴェングラー』 (幻冬舎新書) 、これなかなか面白いです。カラヤンはナチ党員だったというのは有名な話で、一方、フルトヴェングラーはナチに反対していたといわれてますが、一面それは正しいけど、フルヴェンもナチを利用して地位を保っていた側面もあって、その手の話がふんだんに面白く書かれている本。



この本を引っ張り出して該当部分を読み返してみると、この日は、ナチ党主催のヒトラーの誕生日祝福コンサートだったとのこと。

フルトヴェングラーは自らをこのコンサートに出演不可能とすべく、ウィーンのコンサートをスケジュールに入れたのだが、ゲッペルスが強力で、結局折れてベルリンでヒトラー誕生祝いコンサートで第九を振ることになる。

「それは、彼が「ナチ党主催」のコンサートで式をした唯一のものとなった。この「たった一回」と「ゼロ」との違いは、戦後、彼に大きくのしかかる。」
 (中川右介『カラヤンとフルトヴェングラー』 幻冬舎新書、100ページ)

音楽が政治権力=ナチに利用されていた時代に、ナチを嫌いつつも音楽界のトップに君臨できたフルトヴェングラーってのは、複雑な人なんだと思う。

そうそう、この本を読んで知ったんですが、1938年にフルトヴェングラーが、そして1939年にカラヤンがともにベルリンフィルでチャイコフスキーの悲愴を録音している。これを聴き比べると、ベルリンフィルの新旧二人の常任指揮者の資質の違いがはっきりと認識できて面白い。演奏によって、同じ悲愴がかくも方向性を異にする音楽になる点も認識でききわめて興味深いのであります。

カラヤン盤は以下
Tchaikovsky: Symphony No6, Op74; Strauss: Salome

フルヴェン盤は以下


音が良い訳ではないが、過去の音源の聴き比べってのが、小生的にはもっとももえるクラシック音楽の聴き方。


[2008/03/20 03:50] music in general | TB(0) | CM(2)

多謝 

13日のジャムセッション@新宿golden egg来てくださった方々、有り難うございました。

以下は、演奏された曲です(多分抜けはないと思う)。

1 oleo(fast swing)
2 blues(medium shuffle)
3 so what(medium fast swing)
4 Sunny(midium 8beat)
5 medium 8beatのAm一発〜St. Thomas
6 blues(slow 6/8)
7 cantalope island(latin)
8 2発もの( fast funk)〜Cameleon (halftime funk)
9 Always there(fast funk)
10 What You Won't Do For Love〜just a tow of love (very slow)
11 all the thing you are (fast swing)
12 Bustin loose (medium funk )
13 循環もの(fast Latin)
14 歌もの(sorry i don't know the song)コード4つで循環 (8beat)
15 枯葉(medium slow swing)
16 inner city blues(medium slow funk)
17 循環の歌もの(sppining wheelっぽいコード4つ、medium slow funk〜swing)
18 Feel like makin' love (very slow 8 beat 〜Regae〜swing)

今回は参加者がほぼ20名。
18セッション中歌入りは5セッションと、インスト、しかもジャズものが多かった感じでしょうか。

これまでの感じだと、最初の4曲くらいはジャズもので、あとはずーっとバックビート入った歌ものやインストが混ぜこぜというかんじだったのですが、今回は歌の参加の割合も低く、インスト系が多少多めだったかと。(前二回は半々くらいだったような気がする、どうだったかな、そうでもなかったかな、、)

ジャムセッションは組み合わせの妙で、良くなったりもすれば、うまく行かなかったりもするところ、どう転ぶかやってみないとわからんところが面白いわけです。もちろん参加者にはうまい人もいればそうでもない人もいる。しかし、うまい下手関係なく、引っ張れる人が、方向性を示せる人が参加していると、それなりに良いセッションになると思われます。

セッション終わってから、何人かで話をしていたのですが、その中で黒猫氏が、セッションを道路交通に例えて語っていたのが印象的だった。

例えば、初心者が路上にいて変な運転をしてる場合、周りのドライバーは、その初心者君に合わせた演奏をすることになる、というような話。

これを敷衍すると、迷惑ドライバーや暴走族とかも、セッションにはくるわけで(w 顔が浮かぶw)、そのとき、周りの演奏者がそれに対してどういうアプローチをするか、あるいは出来るかといったことが、そのセッションの内容(空気)を決定することになる。

例えば、交差点で交通整理をするお巡りさん役をつとめる演奏者(前述の「引っ張れる人」とか)がいると、当然出てくる音楽も整理されたものが出てくることになるだろう。

一つの理想は、演奏者がそれぞれみんなの音をきちんと聴けて、自分の役割を理解して演奏できるということ。

そうそう、今の言葉でいうとKYってやつなんでしょうか。



ただ、しかしです。
そんな整然とした交通には実は面白みは少ないような気もするのです。
[2008/03/20 02:56] gig/session | TB(0) | CM(0)

小生が心の底から本当に好きな音楽(序) 

小生音楽好きなので同好の志と会えばすぐに、やれあーでもないこーでもない、あれがいいこれがいい、あれはだめだこれがだめだ、と、世界の様々な音楽について語り合いだすわけです。

しかし、本当に心の底から好きな音楽というのは、もしかしたらそんなに沢山ないのではないか、などと先日ふと思ったりもしたのです。

実際人と音楽の話をする時は、自分の趣味ばかりを押し付けるわけにも行かない。そんなに好きでないものでも、「ああ、それいいよね」、みたいな会話をしてしまう場合がある。

だとしたら、自分のブログで思う存分思いのたけをぶつけてみよっか、と思い立ったわけであります。

というわけで、自分が本当に心の底から好きな音楽をともかく思いつくままに書いて行こう、と思ったのがこの記事のシリーズ。


楽器のリペア_ライブ&ジャムセッションの告知 

mixiの日記上で楽器のリペアについてご意見を求めたところ、沢山の方に情報をいただき、本当に有り難うございました。

結局、一番遠い場所(NY)におられた方からいただいた情報により、一番自宅から近かったリペア工房(シャーウッドギター)に楽器を持ち込み、一週間後無事にリペア済みました。トラスロットのメンテ(回せなかったものを回せるように)及びフレットうち変えが中心のリペアでした。とりあえず問題ない出来で帰ってきて安心しております。

リペアっていうのはいわば外科手術みたいなもんなのかな、と思いました。リペアマンは外科医。メスを入れて健康体に戻す仕事。病体の楽器を持ち込んだリペア工房のリペアマンは、かつて山野楽器からリペアを受注しており、従ってかなりの数のフェンダーのネックをこれまで処置してきたとのこと。症例の多い医者という感じでしょうか。あと、オーナー=リペアマンのみのの工房で、必ずそのリペアマン本人が処置するという点。

もうちょっと楽器リペアに時間かかるかと思っていたのですが、早く終わったので、今度の週末のライブに間に合って良かったです。

というわけで、ライブの告知。

3/9(日) @ 西荻窪Clop Clop
http://www.clopclop.jp/
「ジャズセッション」
鈴木徹大(g)田中啓一郎(g)椎名達人(b)松尾敦史(dr)
オープン19:00 スタート20:00 
¥2000+オーダー

ClopClopのことはこないだジャムセッションの話を日記に書いたのですが、
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=718563986&owner_id=123557
この9日のはライブです。

ギター鈴木氏とドラム松尾氏はともにホットミュージックスクールの講師、中央線のジャズの香り高き雰囲気の面々であると思われます。もう一人のギター田中氏は、今回唯一の共演したことがあるミュージシャンなのですが、とはいえ、ジャムセッションで小生はドラム演奏での共演(笑)。ベースでは初めてです。

「ジャズセッション」と銘打たれているので、ジャズっぽい曲中心となると思われるのですが、多分物わかりのいい感じではないものになるのではと思われます。どんなことになるのか、楽しみであります。よろしければ、是非聴きにきて下さい。

なお、clopclopでは4月6日(日)に、自分のバンドで久々のライブもやります(椎名b、森孝人g、阿部義徳p、数井塁d)こちらもよろしくです。


3/13(木)  @ 新宿golden egg
ジャムセッション
ホストメンバー
椎名達人(B)、森孝人(G)、数井塁(D)
open at 19:00 , start at 19:30
charge 1000円 + 1drink500円
こちらは小生ホストでやるジャムセッション@golden eggの3回目です。これまで2回は、参加して下さった方々の素晴しい演奏や歌に恵まれ、よいジャムになったのではないかと思うのですが、2度あることは3度ある、となるかどうかは、参加して下さる方々にかかっております。是非楽しくご参加いただければと願っております。よろしくです!
[2008/03/06 00:56] gig/session | TB(0) | CM(0)